20代のビール離れが顕著
「酒を飲んで酔っ払うのはカッコ悪い」「酒を飲むと太りそう」「アルコールは体によくないからいらない」……。昨今、若者のアルコール飲料離れが進行している。これらは、そうした若者たちの多くがよく口にする、酒を飲むことに対する否定的な意見である。
アルコール飲料の中で、もっとも幅広く飲まれているのは発泡酒や第3のビールを含めた、いわゆるビール類である。では一体、今の日本人はビールをどれぐらいの割合で飲んでいるのだろう。最近1カ月以内に、自宅でビールを飲んだことがある人の割合を調査した。
すると、2006年から10年の5年間で、全体の割合は約5%も低下していた。つまり、ここ1カ月に家でビールを飲んだ、という人が1年間に約1%ずつ減っていることになる。飲む頻度とともに、飲む量も減少しているだろうから、ビール市場規模の縮小幅はさらに大きく、前年比マイナス2%程度と推定できる。
性別・年代別にみると、20代の男性が5年間で約17%減、と飛び抜けて減少幅が大きい。しかも06年には63%以上だったのに、10年には47%と過半数を割っている。このように、一部の数字だけを見ても、若者のビール離れは顕著なのだ。
日本のビール市場は巨大で、推定2兆円超といわれている。最近になって、ハイボールやカクテル類など、ソフトアルコールと呼ばれる度数の低い酒が売れているそうだが、それらの市場規模は一様に小さい。したがって、アルコール飲料市場全体の規模縮小には、もはや歯止めがかけられないのが現状だ。
ビールに関する意識調査
ビールを飲むさまざまな世代の人に、初めてビールを飲んだ時の感想を聞いてみた。その結果、大多数の人の第一印象が、「苦かった」「おいしくなかった」だったことがわかる。そうした背景から、初めて飲んだ時に「好き」と思えた人も12%にとどまった。ところが、その後も飲み重ねることで、なんと59%の人が、「現在は好き」と意見を変えているのが興味深い。
ビールは飲み重ねると、多くの人が「嫌い」から次第に「好き」になる。実は他のアルコール類、タバコなどの嗜好品、香辛料も同じ特徴を持っている。このように嫌いだったモノを好むようになる理由の中に、今の若者がビールを飲まない理由のヒントが隠されているのだ。
ビールを好きになるのは、たいてい20代前半、学生時代か、社会人になりたてのころだ。友人や同僚と、コンパや仕事の打ち上げで、「楽しく盛り上がった」などの体験から酒席の雰囲気に打ち解け、ビールを飲む機会が増す。そうなると独特な苦みにも舌が慣れ、むしろ好ましくなっていく。やがて自らビールを買って家で飲んだり、友人や同僚を誘って飲みに行ったりするようになる。自分のビールの好みが認識できるようになると、飲み比べながら、好みに合ったブランドを選択し、繰り返し飲むことで好みのビールのイメージが定着していく。
ビールが好まれないワケ
ここで、現代の若者のビール離れについて、3つの理由が考えられる。まず第1の理由は、彼らの好みに合ったビールがない、ということだ。彼らはビールに対して、他の世代とは異なる欲求(ニーズ)を持っている。これはビールに限ったことではないのだが、単純に苦味を嫌い、甘味を好む傾向にある。コクやキレ、苦みといった、ビールならではの風味に対する欲求がないため、たとえば大手メーカーのビールを飲んでも、他の世代のように「のどごしがよい」「おいしい」「飲みやすい」といった感想はでにくい。むしろ、どのブランドも自分にとって好みに合わないので、ビールそのものが飲みたくない、ということになる。
第2の理由としては、今の若い世代は、他の世代に比べ、マーケティングがもたらす刺激に淡泊であるという点が挙げられる。たとえばテレビコマーシャルは、消費者が好む好きな音楽やタレントを起用することで、商品イメージを高めている。しかしインターネットなどに多くの時間を費やす現代の若者たちは、テレビコマーシャル自体との接触回数が少ない。さらに、新聞の折り込みチラシを見たり、店頭でキャンペーンに接触したりして、「買って得をした」と思うことも少ない。結果として、今後も買い続けたい、飲み続けたいという気持ちが促進されないのである。
第3に、ビールを飲むことで得られる感動に共感しにくい。たとえば、ビールがもっともおいしいと思える瞬間は、「大きな仕事を終えて労を分かち合う時」や、「飲み会でみな一緒に盛り上がって乾杯する時」などだろう。しかし、仲間や組織との一体感を得た、仕事などの達成感を共有できた、という感動は、就職氷河期に就職活動をして、企業が実力主義賃金体系に移行した後に入社した若者たちには共感を得にくいのである。むろん、ビール以外の酒類についても同じことがいえる。
価値観共有の喪失が元凶?
今の20代は、1980年代に生まれ、物心がついた時からバブル崩壊後の20年不況と共にある世代だ。先にも述べた通り、ビールをはじめとするアルコール飲料の飲用率が大きく低下しているのは、当世代の特徴である。彼らより上の世代がビールを好きになる過程では、会社の上司や先輩と飲む経験を積みながら、酒をおいしく飲む模倣モデルができあがり、「組織的一体感を得るにはこうすべき」といった、共通の価値観を形成していくことができた。そこから考えると、今の若者がビールなどアルコール飲料への欲望が弱いのは、上司や先輩と飲みに行く機会が少なく、そもそも組織や人間に対する信頼や期待のあり方が上の世代とは異なり、ポジティブな価値観を共有できないため、上司や先輩が模倣の対象にならないからだと推測できる。
アルコール飲料に限らず、クルマや大型薄型テレビなど、若者離れ現象が起こっている商品サービスの領域では、同じようにバブル崩壊後の世代の模倣の対象が変わっていること、欲望そのものが退潮してしまっていることが考えられる。
模倣欲望の対象は、時代の共通体験によって世代ごとに形成される。つまり、時代が世代を作り、世代が欲望を形成し、欲望に対応して時代が変わっていく。とするならば、買われる方法の鍵は、消費者が商品サービスに抱く「欲望」を知ることにある。どんなに優れた品質を持ったモノでも、欲望の対象にならければ関心を持たれない。関心を持たれなければ、いかなる情報も、売り場でのアプローチも消費者に届かず、消費者の行動に影響を与えることはできない。
欲望を再発見して、商品の価値に結びつけることが、消費者に買われる鍵である。