震災直後は何が売れた?
まずは総務省が実施している家計調査に着目し、季節性の影響が出ないよう10年3月と11年同月の消費支出費目を比べてみた。すると、とくに高い伸びを示した上位20費目で、興味深いことがわかった。ちなみに消費支出月額は、10年3月が31万9991円だったのに対し、11年同月は29万3181円で、マイナス2万6810円と8.4%も減少している。伸びた費目の断トツトップは、寄付金(前年比958%)であった。理由はいうまでもなく、震災の被災者や地域に義援金などを寄付したためで、いわゆる利他行動にあたる。
それに続いたのが、乾電池(286%)、ミネラルウオーター(249%)、炊事用ガス器具(207%)、ストーブ・温風ヒーターなどの暖房器具(203%)、照明器具(190%)、灯油(141%)、カップめん(141%)となっている。
これらの商品が売れたのは、明らかに大震災の影響と考えられ、東京都心部などの大手量販店でさえ、店頭から商品が消えたり、購入数量制限を行ったものもある。しかも、震災地域で必要にかられて需要が高まっただけでなく、日本全国において需要の広がりを見せた。その典型が、乾電池やミネラルウオーターである。
乾電池は、停電時に使う懐中電灯やラジオ用のほか、携帯電話の予備電源にもできるため品薄となった。日本の主要51都市における支出金額の対前年同月比の伸び率を見ると、青森市(473%)が最も高く、以下、盛岡市および東京都区部(449%)、宇都宮市(404%)、札幌市(397%)、長野市(382%)の順となっている。
乾電池と水から見えたこと
ミネラルウオーターへの需要が高まったのは、3月23日、東京都水道局金町浄水場(葛飾区)で放射性ヨウ素が検出された事実を、都が発表したのが契機だった。都は同浄水場の水道水から1キロあたり210ベクレルの放射性ヨウ素を検出し、乳児向けの飲み水として国の基準の2倍を超えたため、給水する都内23区と多摩地域の5市を対象に、乳児に水道水を与えることを控えるよう呼びかけた。この後、ミネラルウオーターは店頭から一斉に消えたのだが、実は支出金額の対前年同月比を見ると、青森市(686%)、徳島市(674%)、鳥取市(664%)、金沢市(633%)、高知市(585%)の順で、地方都市のほうが目立って売れていた。東京都区部(223%)と比べると、およそ3倍である。
これら2品目において急騰した地域的需要は、東北の被災地や福島第一原子力発電所の周辺地域だけでなく、全国へと広がった。中には根拠のない不安にかられ、恐慌に陥った人たちによる「パニック買い」が発生したとしか思えない地域もある。
ただし、その理由のいくつかは推測できる。例えば、もともと乾電池やミネラルウオーターへの需要が低い地域だと、支出金額が少し増えただけでも、対前年比で見ると高く出てしまう、という統計上の誤差がある。また、それらが手に入りやすい地域に住む人が、手に入りにくい地域の親類や知人などに、多めに買い送った可能性もある。
他方で、これらの地域でも乾電池や安全なミネラルウオーターへの需要が、純粋に高まった、ということも否定できない。
パニック買いを牽引したのは?
それではなぜ、「パニック買い」としか思えないような、急速な需要拡大が全国的に広がったのか。それを解くカギは、支出増加層の世帯主年齢にある。「パニック買い」を牽引(けんいん)した層を、総務省の家計調査から見いだすため、統計調査における手法上の限界である「2人以上の勤労世帯」の世帯主年齢別に、ミネラルウオーターを含む「他の飲料」費目の伸び率、および対前年同月比で伸び率が高い10費目のうち10%以上伸びた費目数を調べた。すると、そこには2つの牽引層が見られた。
まずは子育て中の世帯が多い30~39歳の層に、独身社会人が多い25~29歳を加えた25~39歳の層である。とくに前者の層は、子育てのための安全な水や食品、トイレットペーパーなどが極めて重要な生活必需品となっており、信頼性の高い知人から得た口コミを通じて、もしくはインターネットやSNS(ソーシャルネットワーキングサービス)を活用して能動的に需給の逼迫(ひっぱく)状況を知り、行動し得た層である。
もう一つの牽引層は、60歳以上で現役をリタイアした人たちである。子どもはすでに独立し、自分や家族の健康に大きな関心を向けている層だ。
この層の大半は、健康への関心が高い一方で、震災や放射線に関する情報はテレビや新聞といったマスメディアから受動的かつ、あいまいにしか知り得ず、他者の行動に同調するしかなかった人たちである。さらに、マスメディアによる大量で一方的な情報発信、記者会見などで見られた情報ソースの一元管理の不徹底、放射線量の測定単位のような専門用語の難解さなどが、情報のあいまいさを助長させ、「赤信号、みんなで渡れば怖くない」式の同調行動へ向かわせたといえる。
対策は正しい情報の発信
結論として、ミネラルウオーターを例にとるなら、放射性ヨウ素を摂取すると甲状腺がんの危険性が高まるとされる「乳幼児を持つ層」が実需を牽引し、彼らの行動に同調することで不安から逃れようとする20代後半層と、高齢者層がそこに追随した。そうして全国へ波及したのが、今回の「パニック買い」といえるだろう。ミネラルウオーターや乾電池の需要が、被災地や福島第一原子力発電所から遠く離れた地方都市で急速拡大したのは、もともとそうした地域は高齢者層が厚く、情報の獲得をマスメディアのみに依存していたことにもよる。
つまり「パニック買い」は、うわさが広がる公式と同じで、当該商品やサービスに対する個人的な重要度、それらの品質や入手難易度に関する情報のあいまい性、そして購入者のリスク態度、という3つの変数の積によって決まる。この公式は、インターネットの発達で情報の伝達スピードが速くなった現代社会であっても、1970年代のオイルショック後に起きたトイレットペーパー買い占め騒動のころと本質的には何も変わっていない。