場当たり外交から戦略的外交へ
「日米関係さえしっかりしていれば大丈夫だ」というのが、小泉純一郎前首相の口癖だった。イラクへの自衛隊派遣で日米関係は良好だったが、他方、靖国神社参拝によって中韓両国との関係はぎくしゃくした。小泉外交はやや場当たり的な対応に終始した。これに対し安倍首相は、外交について大きな指針を示し、それに沿って個々の外交を位置づける、戦略的な手法を標榜している。施政方針演説では、その3本柱として、①自由主義や民主主義など、基本的価値を共有する国々との連携強化、②オープンでイノベーションに富むアジアの構築、③世界の平和と安定への貢献、を掲げている。
「日豪安全保障共同宣言」に署名
このなかで重視しているのが、第一点の民主主義的な価値観を共有する国々との連携だ。具体的には、インド、オーストラリアおよびニュージーランドとの連携強化を考えている。「日豪安全保障共同宣言」署名は、その第一弾となる。同宣言では、両国の外相・防衛相による定期協議(いわゆる2+2)や、自衛隊とオーストラリア軍との共同訓練実施などを盛り込んでいる。両首相は、日本とオーストラリア間の経済連携協定(EPA)締結交渉を促進することでも合意した。この「日豪EPA」は、もし締結されると、北海道農業が壊滅的な打撃を受けるとして、北海道や農業関係者が強く反対しているように、日本にとって不利なものとなる可能性がある。それにもかかわらず、交渉に踏み切ったところに、安倍首相の強い意思が感じられる。
麻生外相は「自由と繁栄の弧」構想
この安倍外交戦略に沿っては、麻生太郎外相が06年11月に打ち出した「自由と繁栄の弧」構想がある。東南アジアのベトナム、カンボジアから、中央アジアのアフガニスタン、スロバキアを経て、東欧のブルガリア、ポーランドに至る、三日月(弧)状の地帯を視野に入れて、これらの国での自由と民主主義を支援するというものだ。07年1月の麻生外相の東欧訪問では、行く先々で「ハンガリーの外交政策とも一致している」(ジュルチャーニ首相)など、高い評価を得た。安倍首相が1月訪欧でNATO(北大西洋条約機構)本部を訪問して演説したのも、その一環だが、日本国内での評価はまだまだだった。今回のオーストラリアとの関係強化で、安倍外交がどこまで理解されるか注目される。
アメリカの対北朝鮮譲歩は誤算
しかし、安倍首相の思惑が外れた外交分野もある。それは対北朝鮮外交だ。もともと拉致問題などでの毅然とした態度が高い人気につながっていた。北朝鮮を「悪の枢軸」(ブッシュ大統領)とか「圧政の前進基地」(ライス米国務長官)と呼んで、強硬路線をとるアメリカとも歩調が合っていた。ところが、昨年11月のアメリカの中間選挙で共和党が敗北して以降、ブッシュ政権が柔軟姿勢に転じたのが誤算の始まりだった。北朝鮮をめぐる6カ国協議は2月13日に合意に達し、アメリカ側は、北朝鮮が強く求めていたマカオの銀行バンコ・デルタ・アジアに対する制裁を解除する代わりに、北朝鮮側は核開発の中止を約束するなど、双方に雪解けムードが高まってきた。こうなると、もともと対北朝鮮で融和的な態度をとってきた中国、韓国は勢いづき、拉致問題で強硬一点張りの日本は孤立化しかねない状況に陥っている。
訪米で日米関係確認へ
そこで安倍首相としては、外交の基軸である日米関係の足元を再度、固めなおす必要が出てきた。このため4月末~5月連休中の訪米を計画している。これまで進めてきた戦略的外交も、アメリカ側のバックアップがなければ一人相撲に終わってしまう。日米間の懸案としては、在日米軍再編成問題が積み残しとなっている。地元沖縄県側の理解と協力はそれほど進んでおらず、通常国会で米軍再編推進特別措置法案を提出することで、普天間基地の移転問題を前進させるテコにしたい考えだ。拉致問題でのアメリカ側の協力も期待している。
小泉前首相は個人的に親密な関係をブッシュ大統領との間で構築したが、安倍首相がどこまでこれを再構築できるか。安倍外交をさらに戦略的に展開するためには、アメリカとの「同盟関係」の再確認が最も重要なステップとなろう。