近隣外交で着実に歩を進める
福田首相は自らの外交理念を「共鳴」外交と表現している。日米同盟強化とアジアとの関係強化による相乗効果を狙うものだ。内政が停滞しているのと対照的に、外交では着実に歩を進めている印象がある。07年9月に政権に就任した瞬間から、福田首相が08年7月のサミット(主要国首脳会議)を政権の最大課題と意識していたことは間違いない。1979年東京サミットをセットしながら、78年自由民主党総裁選で敗れてサミット議長を務められなかった父・福田赳夫氏の無念の思いを背に、サミットだけは自らの手で主宰したいとの強い意欲を持っている。
まず07年11月に訪米してブッシュ大統領との日米首脳会談を済ませ、年末には訪中して胡錦濤国家主席らと会談。胡主席は08年5月に来日し、日中首脳は「戦略的互恵関係に関する日中共同声明」を発表した。韓国とは08年2月、李明博大統領の就任式に出席して日韓首脳会談を行い、「未来志向の日韓関係」強化で一致した。近隣外交は順調に推移している。
地球温暖化問題で表明した最初の切り札
北海道洞爺湖サミットでの最大のテーマとなるのは地球温暖化対策。この問題で福田首相が最初の切り札を切ったのは、08年1月のダボス会議の場だった。温室効果ガスを2050年までに半減させるとし、その手法として「セクター別アプローチ」を表明したのだ。これは、業種ごとに温室効果ガスの削減可能量を積み上げ、国別の排出削減目標を算定する方式。先進国の中で最も消極的なアメリカも、2050年の「半減」目標には、「法的義務としない」ことを条件に受け入れる見通しとなり、洞爺湖サミットへの展望が開けつつある。削減手法については、日中首脳会談で胡主席から「セクター別アプローチは重要な手段」と評価する姿勢を引き出した。ニュージーランドのクラーク首相も、訪日した際の5月の首脳会談で、セクター別アプローチを「有用」と表明した。
現行の京都議定書で、日本は1990年比で6%削減を義務付けられていながら6%増となっている。産業界の協力が十分得られていないためだ。そこで有識者で構成する「地球温暖化問題に関する懇談会」を設置。財界の重鎮である奥田碩前日本経済団体連合会会長を座長に据えたのは、からめ手から財界の協力を得ようとするものだ。これを受けて経団連も、これまで消極的だった「排出量取引制度」についても前向きに検討する考えに転じた。
サミット後の風向き変化に期待
2008年7月7日からの北海道洞爺湖サミットには、主要8カ国とEU(欧州連合)議長国の首脳だけでなく、気候変動問題の拡大対話のための会合に中国、インドなど8カ国首脳を招くほか、アフリカ開発拡大対話に参加する8カ国首脳らも参集する。これだけの世界の首脳を相手に議長として実績を上げれば、福田内閣に対する風向きも変わるだろうとの期待がある。通常国会では、「道路」関係法案をめぐって、与党が2度も再可決を強いられたが、その後は一転して協調ムードが出てきた。国家公務員制度改革基本法案が成立にこぎ着けたのはその典型だ。
その背景には福田首相の強い指示があったという。クラスター爆弾禁止条約でも、防衛省や外務省の抵抗を押し切って調印を指示している。内閣支持率が低迷する中で、腹をくくったかのようだ。
他方、民主党には通常国会での福田首相に対する「問責決議案」提出を見送る空気が強かったが、小沢一郎代表が6月5日になって突如、問責決議案の提出を指示。11日の参院本会議で可決したが、福田首相としては、法的拘束力はないとして無視を決め込み、懸案処理のため国会を6日間延長して閉幕した。
後はサミットに全力投球し、手だれの首脳たちの意見の相違をうまくまとめ上げ、成功を演出できれば上々という算段だ。そこで福田首相が内閣支持率浮揚のきっかけをつかめるかどうか注目される。
もちろん、まだまだ難関も残っている。一つは中期目標だ。ヨーロッパ諸国は「2020年までに1990年比で20%削減」の目標を提示している。目標設定そのものに反対するアメリカに配慮して、日本も「数値は示さない」としていたが、福田首相は何らかの打開策を模索しだした。
もう一つは食料問題だ。6月3日からローマで開かれた「食料サミット」では食料輸出国と輸入国の対立が先鋭化してきた。洞爺湖サミットでも何らかの対策が求められよう。
排出量取引制度
二酸化炭素などの温室効果ガスの排出枠を、国や企業間で取引する国際的制度。1997年12月に京都で開催された第3回気候変動枠組条約締約国会議(COP3、地球温暖化防止京都会議)で採択された議定書(京都議定書)で定められた、温室効果ガス削減の数値目標を達成するためにつくられた。企業ごとに温室効果ガスの排出量の上限を設定し、実際の排出量との過不足分を企業間で排出枠を売買しながら削減目標の達成を目指す。欧州連合(EU)は2005年に多国間の排出量取引市場を設立し、この制度を導入している。
国家公務員制度改革基本法案
国家公務員制度を社会経済情勢の変化に対応したものとするため、新たに基本理念や基本方針を定めた法律案。各府省の幹部人事を一元的に管理する「内閣人事庁」を新設する構想や、政治家と官僚の接触制限規定などが目玉だったが、与党と野党の意見が対立。2008年5月27日に自由民主党、公明党、民主党の実務者協議で、「内閣人事庁」は内閣官房に「内閣人事局」を設置することに、政治家と官僚の接触制限については、接触記録を作成して公開することに、それぞれ修正。修正法案は6月6日に成立した。
クラスター爆弾禁止条約
大量の不発弾が残り、戦闘終了後も民間人に深刻な被害を与える、クラスター(集束)爆弾の使用や生産・開発を、全面的に禁止する国際条約。2008年5月30日にアイルランドのダブリンで開かれた国際会議で、参加111カ国の全会一致で採択された。発効は12月の署名以降となる。クラスター爆弾は、数百の子爆弾を詰めた親爆弾を投下するなどして空中で分散させ、広範囲を爆破する。しかし、5~40%の子爆弾が不発弾となって残るため、「第2の地雷」ともいわれていた。アメリカ、ロシア、中国などの大量保有国は条約に参加していない。条約参加国は、今後8年以内に、誘導装置や自爆装置を備えた最新型以外の保有爆弾を廃棄することが求められる。
問責決議案
参議院で首相や閣僚の責任を問うために提出される決議案。衆議院の不信任決議案に相当するが、参議院の場合は憲法で定められたものではない。これまで問責決議案は59件提出され、採決されたのは33件。そのうち可決されたのは、1998年に防衛庁不祥事をめぐって額賀福志郎防衛庁長官に対して提出された1件だけだったが、2008年6月11日に福田康夫首相に対する問責決議案が可決。首相への問責決議案の可決は現行憲法下で初めて。
食料サミット
ローマに本部を置く国連食糧農業機関(FAO)が主催し、食料問題について広く議論する首脳レベルの国際会議。第1回開催は1996年。2008年6月3~5日に開催された第3回食料サミットでは、食料価格高騰の要因とされる食料輸出規制やバイオ燃料の開発、気候変動への対応などについて協議。短期的措置として食料の援助や支援を行い、中・長期的措置として農業分野への投資を拡大することなど、全9項目の共同宣言が採択された。日本からは福田康夫首相が出席し、開発途上国へ5000万ドルの追加支援と30万tの輸入米の放出を表明した。