国に先行する自治体の環境政策
2008年6月、都議会で改正された東京都環境確保条例には、国がなかなか踏み出せない、燃料・熱・電気の使用に伴って排出されるCO2(温室効果ガス)の「総量削減義務」と「排出量取引」が盛り込まれ、10年実施を目指して準備が始まった。また、横浜市が9月議会に提案した緑化条例は、建築主に一定の緑化を義務づける内容だ。あわせて、買い取りによって緑地の総量を増やすための「横浜みどり税」条例が12月議会で成立した。市民は住民税として年900円を負担する。
自治体の環境政策には、国の環境政策の地域版にはとどまらない、新しい工夫、先行する対策、独自の施策を含むことも多い。それは、歴史的にもそうだったし、環境が一人ひとり、一つひとつの場所の状態の積み重ねで形成されている、という構造の上でもそうだ。
明治期以来、府や県によって行われてきた工場に起因する汚染や環境の破壊が、公害という名で認識されはじめ、高度成長期に激化する公害に、最初の規制を行ったのも自治体だった。
公害が焦点だった時代には、基準を公定し、その環境目標を達成するための強い強制手段が決められていたが、環境目標の多様化、環境政策の範囲の広がりにしたがって、料金・課金などによる最適基準への間接強制なども含まれるようになってきている。さらに効果的に目標を達成するためのポリシーミックスが工夫され、多様な政策開発が行われている。
東京都が試みる温室効果ガス削減策
東京都の環境確保条例の改正によって導入されるCO2削減策の概要は、次のようなものである(詳細は08年度中にも決められる)。燃料、熱および電気の使用量が、原油換算で年間1500キロリットル以上の大きな事業所(デパートやテナントビル、ホテル、大学、工場など)を対象に、温室効果ガス排出総量の削減義務を課す(条例5条の11)。基準を05~07年度の平均排出量などにとり、20年度までに15~20%程度の、事業所の特性を勘案した率を規則で削減義務率として定める。
この削減は各事業所が計画を立て、公表し、自らの事業所で削減対策を実施するのだが、補完的な措置として、排出量取引の仕組みを導入する(5条の11)。取引の対象は、(1)他の対象事業所が削減義務量を超えて削減した量、(2)都内の中小規模事業所が省エネ等により削減した量、(3)都外の事業所における削減量、(4)再生可能エネルギーの環境価値(例:グリーン電力証書など)である。
これらの実効性を確保するために、評価・表彰から始まって、削減義務未達成の場合には、知事の削減措置命令(義務違反の加算分を含む)、その措置命令にも違反した場合には、違反者の公表(156条)、上限50万円の罰金(159条)、または、知事が代わって排出削減の必要量を排出量取引によって調達し、その費用を違反者に求償する、という仕組みである。つまり削減義務を定めた「総量規制」と、その実効を効率的に実現するための市場取引を利用した「排出量取引」の組み合わせである。
削減義務が地球温暖化防止に効果的な水準であるかどうかは、今後定められる基準に委ねられている。また、中小企業や都外事業所の削減量の効果性、これから試行が始まる国制度の排出量取引との整合性など、いくつかの問題点が残されているが、新規のアプローチによる、国制度に先行する試みであることは異論のないところだ。
注目を集める各地の取り組み
温室効果ガスの削減は、自治体環境政策の政策開発競争の現場でもある。京都市、埼玉県はコンビニエンスストアの深夜営業規制を検討している。京都市では反発するコンビニ店側の委員の参加を欠いたまま、研究会をスタートさせた。東京都杉並区は08年4月にレジ袋有料化条例を施行した。条例制定は今のところ杉並区の1自治体のみだが、「協定」などによって有料化の制度を持っている自治体は増えている。
このほか、電気自動車用充電施設の整備(大阪府)、太陽光「発電所」の誘致(堺市)、家庭用太陽光発電設備への補助は、国制度を補う形で相当浸透してきた。東京都は中小企業の省エネルギー投資に低利融資を行う仕組みを計画している。
間接強制である「課金制度」を開発する実験も注目を集めている。名古屋市は08年10月、市内中心部(中心から半径1.5km程度を想定)を規制区域として、区域への乗用車の乗り入れに500円前後を課金し、乗り入れ抑制の実験を開始する。ロードプライシングと呼ばれるこの制度は、諸外国にはいくつもの例があり、ロンドンでも導入されて話題を呼んだ。ただ、日本では初めてで、車への依存率の高い大都市・名古屋での実験の行方は注目される。
狭義の環境政策には収まりきらないものの、土地利用、景観、まちづくりの条例や政策も環境目標達成の基盤をなすものである。静岡県掛川市の「生涯学習まちづくり土地条例」(1991年)は、その権能を発揮して分権時代の道を切り開いたものとして記憶されている。神奈川県真鶴町の「まちづくり条例」(93年)も、環境目標に「美の基準」を用いて新しい局面を開いた。
環境問題は、たとえそれが「地球環境」といった全地球的課題であったとしても、その取り組みは地域的で、ローカルガバナンス(地域の統治・協働)のもとでの解決を必要としている。自治体の環境政策はその担い手であることから、今後とも免れることはできない。