海外からも懸念の声が
英紙「タイムズ」は、「新政府を『保守』と捉えるだけでは、その性格を表してはいない。むしろ過激なナショナリストだ」と指摘。米紙「ニューヨークタイムズ」は、「日本の歴史を否定する新たな試み」と題する論評で、従軍慰安婦や「村山談話」を否定する動きを批判的に取り上げた。韓国紙「東亜日報」は、「右翼的な人物を内閣や党要職に大勢配置した」と警戒感を示し、中国共産党機関紙の「人民日報」は、「自民党政治になれば民族主義的な右傾化が強まるのか」と問題提起した。
諸外国の報道機関は口をそろえたように日本政治の「右傾化」への懸念を示した。国内の報道機関の関心がデフレ脱却の「アベノミクス」(安倍経済学)に集中したのと対照的だ。
ヨーロッパでは極右政党が台頭
米欧が日本の右傾化に関心を示すのは、ヨーロッパにおける極右勢力・ネオナチ政党の台頭という近年の動きが伏線になっている。12年4月のフランス大統領選挙の第1回投票で、極右政党「国民戦線」(FN)の女性党首マリーヌ・ルペン氏が同党候補として過去最高となる17.9%の票を得て第3位となった。同年5月のギリシャ総選挙では極右政党「黄金の夜明け党」が得票率約10%と伸張し、10月のウクライナ総選挙では極右の「自由」が37議席を得て勢力を伸ばした。ヨーロッパの極右政党が伸びる背景に、外国人移民問題や若者の失業率の高さの問題がある。長いデフレに悩む日本にも同じような社会的な土壌がある。格差や派遣労働など若者の不満は大きい。「ネトウヨ」と呼ばれるネット右翼は若者が多く、過激なナショナリズムを叫ぶ。ある意味で政治が右傾化する前にネット世論は極右化しつつある。そのネトウヨは熱烈な安倍支持派でもあり、妙に共鳴しているのも気になる。
右傾化が問題となる三つの分野
「右傾化」を考えるのに外交、イデオロギー、経済の3分野がある。一つは外交分野だ。尖閣諸島や竹島問題がナショナリズムを刺激している。集団的自衛権は外交・安全保障・憲法にまたがる問題を含んでいる。行使を容認できるよう憲法解釈を変更するための「安全保障の法的基盤の再構築に関する懇談会」が13年2月8日に初会合を開いた。安倍内閣の衣の下の鎧が垣間見える。
イデオロギーの分野では、安倍首相が第1次内閣のときに掲げた「戦後レジームからの脱却」という看板がある。そのスローガンの下に、中長期的な観点から憲法改正や教育改革を推進しようとしている。自民党が12年4月に発表した憲法改正案では、「国防軍」の表記や天皇の元首化など、05年新憲法草案に比べてかなり右旋回している。
経済分野での右傾化の典型は生活保護の支給額の切り下げだ。アベノミクスと言われる経済政策も小泉純一郎政権時代に似る。経済的弱者には冷たく、経済的強者による競争社会を目指しているようにみえる。インフレ目標2%を設定し、その手段として日銀の国債引き受け論や日銀法改正を唱える安倍首相の経済政策について、経済評論家の山田厚史氏は「金融右翼」と名付ける。
慎重な言動に終始する安倍首相
ところで安倍政権の実際の行動はどうか。例えば外交分野で、自民党は政権公約のなかで尖閣諸島への公務員常駐をうたっていたが、政権に就いた後は慎重だ。対韓関係でも自民党の政権公約で竹島の日(2月22日)に政府主催の式典を行うとしていたが、今年(2013年)は見送り、政務官の派遣にとどめた。中国には公明党の山口那津男代表に親書を託し、韓国には特使として自民党の額賀福志郎元財務相を派遣した。安倍首相としては、安倍政権に警戒感を示す中韓両国の出方を慎重に探る現実主義的なアプローチをしており、いたずらにナショナリズムを煽る行動は避けている。
超タカ派の石原慎太郎氏が国会の質問で、憲法廃棄や天皇陛下の靖国神社参拝、尖閣諸島への灯台設置など、相変わらず過激な主張を安倍首相にぶつけたが、安倍首相は言質を与えないような慎重な言い回しに終始した。
日本の針路は国民が決める
安倍カラーをすぐに打ち出さないのは、国会が衆参ねじれ状態にあるからだ。連立を組む公明党の山口代表は、「安倍政権に対し右傾化を懸念する声があるのは事実だ」と認め、必要なら公明党がブレーキ役を果たすとしている。自民党としても、ねじれ国会を乗りきるには公明党の協力が不可欠だ。安倍自民党としては7月の参議院選挙までは忍の一字だが、そこで過半数が確保されれば本格的に安倍カラーを打ち出す可能性が強い。そのさいは憲法改正が最大の試金石になる。安倍首相は、まず憲法改正の発議について、「各議院の総議員の3分の2以上の賛成」となっているのを「過半数の賛成」として、要件を緩和するための憲法96条の改正を主張している。これには日本維新の会とみんなの党が賛成する方向だ。そうなると政界再編含みで政治地図は一気に塗り替わり、憲法改正を含め右傾化が進む可能性さえある。
問題は国民がそれをどう判断するかだ。外交面では中国や韓国の出方を苦々しく思いながらも、憲法9条改正まで受け入れるかどうか。日本の政治全体の右傾化が一直線に進むかは微妙だ。いずれにせよ、参議院選挙での国民の審判が日本の針路を決めることになる。