地球温暖化による海面上昇被害
近年、地球温暖化と海面上昇により沈み行く島国として、日本でも知られるようになった、ツバルをはじめとする南太平洋島しょ国家には、似た問題を抱えているところが多い。地球温暖化の影響を受けるのは太平洋の島しょ国家だけではない。
インド洋のモルディブ共和国でも、この問題が深刻になっている。海面上昇による海岸浸食を防ぐための波消しブロックが、日本政府の援助で設置されたのは1988年である。バングラデシュでは、河口・海岸地帯の住民が、暴風雨による高波で、浸水被害を毎年のように受けている。先進諸国でも、河口・海岸地帯の浸水を防ぐための堤防補強工事、水門改修や増設作業に忙しい。
グローバルな問題ではあるが、政府財政力の乏しい開発途上国では、より厳しいものとなっている。
切実なツバルの訴え
ツバルは、面積26平方km、平均標高約2m、人口1万1000人に過ぎない環礁島である。90年代より、海面上昇による海岸浸食や、大潮による島の内部での浸水被害騒動、さらにサイクロン(台風)のたびに洪水が発生する事態が目立ちはじめた。ツバルは、先進諸国に対して、地球温暖化と海面上昇の関係を論じて、二酸化炭素(CO2)排出制限と、環境対策支援を訴えはじめた。93年に来日したツバルのビケニべウ・パケニウ首相は、主要先進国首脳会議(サミット)議長であった日本の理解と援助だけでなく、サミットの経済宣言に海面上昇問題についても盛り込むよう要請している。ツバルやマーシャル諸島は、小島しょ国連合(AOSIS)に加盟し、97年の京都議定書締結以前から、地球温暖化と海面上昇を防ぐ温暖化防止の強化を求めていたのである。
2001年になると、ツバル政府は、一方で京都議定書を批准しないアメリカとオーストラリアに対して、国際司法裁判所に訴える動きを見せると同時に、他方では、ツバル住民は環境変化により生活地盤を失いつつある難民であるとして、オーストラリアやニュージーランドに「環境難民」(Environmental or Climate Refugees)として全島民の受け入れを要請した。環境難民という言葉は1980年代半ばよりアメリカのワールドウォッチ研究所などが使いはじめたものだが、両国とも環境難民概念を認めず、ツバル住民の環境難民としての受け入れを拒否した。
しかし、ニュージーランドのクラーク労働党政権は、従来からの労働移民受け入れプログラムを拡充させ、太平洋諸島人向け入国カテゴリー(Pacific Access Category)を2002年から運用して対応した。このカテゴリーは毎年75人ほどの労働者移民をツバルから受け入れるものだが、年1回の抽選があること、そして年齢制限(18~45歳)、英語能力規定、就職可能性条項、家族移住の年収制限など規制が厳しく、それ以前の「出稼ぎ労働者受け入れ制度」の方がよかったと嘆く島民も多い。
周辺諸国の対応
オーストラリアは、現在もツバル政府からの移民受け入れ要請に応じていない。自由党・国民党連合連邦政府のハワード首相が、地球温暖化と海面上昇の関連について懐疑的だからである。近年、地球温暖化と気候変動によるものと思われるオーストラリア大陸内部での干ばつ問題などに悩まされ、国内で京都議定書の批准への声が高まっているにもかかわらず、アメリカのブッシュ政権に追随する姿勢を変えていない。それどころか、島しょ国に海面上昇監視システムを設置し、海面上昇の有無を改めて確かめようとさえしている。また、01年9月11日のアメリカ同時多発テロ以後、先進諸国では移民管理・規制が厳しくなっている。オーストラリアも同様であり、教育・職業資格の高い移民を中心に受け入れ、肉体労働者や不熟練労働者の受け入れは縮小され、難民の入国審査は厳しくなっている。
さらに、ボートピープル(難民)は不法入国者とみなされ、発見した場合、公海上で速やかに拿捕(だほ)して、海外とくに南太平洋島しょ国(例えば、ナウルやパプアニューギニアなど)に送致している。そのうえで、国連難民高等弁務官による審査を受けさせ、認定された者のみを受け入れる「太平洋ソリューション」と呼ばれる厳しい移民入国管理体制を整備した。
人道的観点に立った環境難民カテゴリーを容易に受け入れる状況にはない。
「環境難民」という新カテゴリー
こうした対応に、オーストラリア連邦議会の「緑の党」は、再三にわたりハワード政権を批判している。07年8月には、ツバルなど海面上昇に悩む島しょ国からの移住受け入れのために、環境難民カテゴリー(年間900人)を認める移民法改正法案を上院に提出したが、連邦労働党から多少同情的な発言を引き出したものの、法案は議会多数によって一蹴された。こうしたことから、ツバルでは、フィジーやトンガなど近隣の島しょ国に、海外出稼ぎ移民労働者として離島するものが増えているが、受け入れ島しょ国でも失業者は多く、仕事を巡る摩擦が増える傾向にある。
オーストラリアが設置した海面上昇監視システムによると、1993年以来、ツバル付近では毎年5.8mmの上昇が観察されている。海面上昇問題は国連も認めており、先進諸国が環境難民カテゴリーを真剣に検討する必要性が強まっている時代が来たといってよい。