多国間協調体制の課題
しかし09年半ばには多くの国で景気悪化に歯止めがかかり、経済危機が最悪期を脱したとの認識が広まるにつれて、G20会議の今後にも不透明感が増しつつある。民間経済活動に対する政府規制のあり方を巡っては、過剰な規制強化による市場機能の阻害を恐れる米英を中心とする市場重視派と、金融活動への規制を重視し金融緩和、財政拡張に消極的なヨーロッパ大陸諸国を中心に基本哲学の相違があり、その差を埋めるのは容易ではない。加えて新興経済国の国際金融機関での発言力拡大についても、既存のルールの延長線上で新興経済国の役割の拡大を求めたい先進国と、従来のルールが先進国寄りであるとしてルールそのものの変更を求めたい新興経済国との間の距離も大きい。危機を脱し、新たな国際秩序を構築していかねばならないという認識では一致するものの、具体論に踏み込んだ途端に立場の違いが明確になり、そうした違いを裁く行司役の国は今のところ見えていない。同様の図式は地球温暖化対応のための枠組みとして始められた16カ国からなる主要経済国フォーラム(MEF)などにも見られる。気候変動を巡ってはポスト京都議定書に関する議論が進んでおり、アメリカのオバマ政権も前政権の方針を転換して温暖化対策を重視する姿勢を明らかにしている。しかし、温室効果ガス排出に対する強い規制を求めるヨーロッパと緩やかな規制を求める日米という先進国内の温度差が存在する上に、これまで長年にわたって温室効果ガスを排出してきた先進国に温室効果ガス削減の責任を求める途上国と、今後大量の温室効果ガス排出が見込まれる新興経済国に一定の排出抑制を求める先進国の間の溝は今なお狭まっていない。
G2体制で国際秩序は安定するか
G20のような拡大多国間協調体制に困難が予想されるとすれば、大国主導で新たな国際秩序を構築していく可能性はどうであろうか。この点で注目されているのは、米中2国を基軸として国際政治をとらえるG2論である。アメリカは一時の圧倒的存在という見方こそ後退したものの、世界の軍事支出の約半分を支出し、経済面でも基軸通貨をコントロールする世界最大の超大国であることは間違いない。他方、中国は日本を抜いて世界第2位の経済大国となることが確実であり、外貨準備高やアメリカの国債保有規模でも世界第1位となっている。金融危機後も4兆元の景気刺激策を発動し、7%台の経済成長を実現するなど、世界経済での存在感を如実に高めた。中国の軍事費については不透明性が高いが、政府公表額で日本を抜いており、アメリカに次ぐ世界第2位という推計(ストックホルム国際平和研究所)もある。現在の超大国と未来の超大国である米中が協力すれば国際秩序は安定するという見方に根拠がないわけではない。
しかし今のところ、米中をG2と称してその協力を強調するのはアメリカの傾向のようである。米中G2論を広めたのはアメリカの経済学者バーグステンやブレジンスキー元国家安全保障担当大統領補佐官などである。ブッシュ前政権は06年に米中戦略・経済対話として両国閣僚級の経済対話を開始したが、オバマ政権はこの枠組みに政治対話を加え、新たな米中戦略・経済対話として提案した。この枠組みは09年7月にワシントンで第1回会合が開催され、ガイトナー財務長官と王岐山副首相、クリントン国務長官と戴秉国・国務委員が会合を主導した。
しかし歓迎演説でオバマ大統領がやや慎重に、「米中2国間関係が21世紀のあり方を決めるだろう。この2国間関係は世界のいかなる2国間関係にも劣らず重要である」と述べたように、米中2国で世界秩序を先導する意向をアメリカが固めた訳ではない。確かに経済を中心に米中の相互依存関係は高まっているが、両国間には知的所有権や環境、人権や軍事を巡って多くの摩擦が存在し、協調体制が強固なものになるのは難しいからである。
他方、中国はG2論には警戒を示している。中国にとってアメリカが政治、軍事、経済面で最重要の存在であることは間違いなく、対米協調は基本路線である。しかしアメリカとの関係に一方的に肩入れしてしまうことは中国にとって望ましくないと見ているようである。たとえば中国はロシアを誘って中央アジア諸国を含めた上海協力機構を構築してきており、09年6月にはその首脳会議がモスクワで開催された。そこではブラジル、インドの首脳も参加し初のBRICs首脳会合も開かれている。また、周小川・中国人民銀行総裁が同年3月に公表した論文では、将来の国際通貨体制について、一国の通貨(現時点ではドル)ではなく、国際管理された通貨(たとえばIMFのSDR)を世界通貨とすべきだと主張し、ドル体制に一定の留保を表明した。
さらに、中国は対外的に見ればアメリカに次ぐ大国とも見得るが内実は途上国としての性質を残すという矛盾した性格をもっている。1人当たり所得では日本の10分の1で依然として中進国レベルだし、貧富の格差、雇用、医療、年金、環境保護などに対する政府の役割の小ささ、新疆、チベットの少数民族問題の火種など内部に多数の問題を抱えている。09年7月のイタリア・サミットに出席していた胡錦濤国家主席が、新疆での暴動を受けて急きょ帰国したことは象徴的である。要するに世界秩序に大きな責任を負うほどの余裕はまだないのである。
したがって、G20型の包括的多国間協調枠組みも、G2型の新たな大国秩序構想も、現在のところ決定的な重要性を持ち得ていない。これからの数年間はこれらの枠組みも含めて国際秩序を巡る様々な動きが国際政治を動かしていくことになるだろう。