そこで第1回では、社会保障の成り立ちから、各国の制度の違いについてまとめよう。
共同体の崩壊と救貧制度の発展
村落共同体は長い期間をかけて崩壊していくが、これを一挙に加速したのは18世紀後半以降に始まった産業革命である。これにより、人々は村落の縛りから解放され、誰もがよりよい仕事を求めて自由に移動できる社会を実現し、その結果社会は急速に発展して豊かになったが、反対に旧来の社会の持つ助け合いのしくみ(共同体)は崩れ、家族も核家族化し、共同体からはじき出された貧しい人々を救済する、新しいしくみが必要となった。貧しい人々とは、親のいない子ども、障害があって働けない人、高齢者や病人などであったが、こうした人を税金で維持するしくみが整備されるようになった。最初は、生活に困っている人だけを対象とする制度(救貧制度)が中心であったが、次第に人々が生活困難に陥るのを防ぐための制度が発展した。 最低限の労働条件を国が定めて働いている人を守る制度、病気を予防するための公衆衛生、病気になった人が困らないようにする医療制度、全児童が利用できる教育制度、高齢者に支払われる年金制度、などである。()
選別的制度から普遍的な制度へ
救貧制度は、支給するのに厳しい条件をつけて安易に受けられないようにしたり、その人が本当に貧しいか厳しく調べたりするしくみが必要であるが、次第に近代化され、国民の当然の権利として認められるようになり、公的扶助と呼ばれるようになった。それでも、貧困であることを個別に調べる調査(資力調査とかミーンズテストという)が必要であることには変わりはない。現在の日本では生活保護制度がこれに当たる。どんな理由であれ生活のすべを失って生活困窮に陥れば、ミーンズテストは伴うが、生活保護を申請して国が定める最低限度の生活を維持することができる。公的扶助は、人々が生活困難に陥った後に事後的に救済するしくみであるが、医療制度や年金制度は、医療費が払えなくなったり退職後に食べていけなくなることのないよう、貧困を予防する事前の対策である。私たちが生活困難に陥る原因は、失業すること、病気になること、高齢で退職すること、子どもが多いことなど、多くの人に共通しているので、個人で対策をとるだけではなく、みんなで助け合いのしくみをつくって備え、それを政府が支援したり、強制したりするようになったのである。 これら貧困を予防する制度は、貧困者を選別して救済する公的扶助のような(選別的な)制度に対して、普遍的な制度というが、社会保障発展の歴史は、普遍的な制度が普及、充実する過程であったといえる。
社会保障の形成と社会保障のタイプ
1900年頃にヨーロッパで普遍的な制度があいついで誕生するが、その際、ドイツやフランスなど大陸諸国は、労働者対策として職場単位で制度を設けたが、北欧諸国は地方自治体の施策として制度化した。今でも、ヨーロッパの大陸諸国の社会保障は社会保険が中心で、北欧諸国は主に税金を用いて国や自治体の事業として社会保障を運営している。少し遅れて社会保険を実現した日本の社会保障は、どちらかというと大陸型で、社会保険が大きな役割を果たしている。これに対してアメリカは、普遍的な制度の整備がさらに遅れ、社会保障の規模は今も小さく、公的扶助の果たす役割が大きい。20世紀初めに社会保障の諸制度は出そろったが、社会保障という言葉が生まれるのはずっと後で、大量の失業者が発生して社会が大混乱した1929年の大恐慌の後のアメリカであった。1935年にアメリカで社会保障法が成立したが、これが公式に社会保障という言葉が使われるようになった最初である。大量の失業者を前に、自由主義的な伝統の強いアメリカでも、もはや貧困を個人の責任だと放置できなくなり、連邦政府が貧困救済に乗り出すとともに、連邦政府が援助して、公的扶助や社会保険の制度が設けられることになり、そのための法律の名前として社会保障(social security)という言葉が作り出された。これを受け、1938年にはニュージーランドでも社会保障法が制定され、1941年には大西洋憲章の中で社会保障の確立がうたわれ、第二次世界大戦後にはこの言葉は全世界に普及するようになり、大多数の国民の生活の安定を図る制度となった。 日本でも、日本国憲法が生まれる過程で、衆議院の修正で、生活の保障という表現が社会保障という概念に書き換えられ、この言葉が生まれている。
みんなで支える社会保障
どの制度をもって社会保障とするかは、国によって一様ではない。日本では、公的扶助、社会保険(医療、年金、雇用失業、労災、介護の5種類の社会保険)、社会福祉、公衆衛生、老人保健をもって、社会保障を定義するのが一般的である。社会保障は、人々の持つ助け合いの気持ちを、厳しい現代の競争社会でも機能するように制度化したもので、困っている人を支援する制度だといえる。また同時に、今何の不自由も感じない人にとっても、生活困難を来す事態はいつどのような形で起こるかわからないから、そうした事態に対して、他の人々と一緒に力を合わせて自分で作り上げる、国民一人一人の安心のためのしくみでもあるといえる。次回は、日本の社会保障の特徴について考えてみよう。