フィンランドがなぜ注目されるのか
日本ではダボス会議として知られている「世界経済フォーラム」は、国別に「国際競争力」を比較している。「競争力成長指数(GCI)」では、フィンランドは、この5年間1、2位にランキングされており、公的施設がしっかり整っていて、社会環境の崩壊度が少なく、経済が堅実に管理されていると高い評価を受けている。フィンランドの経済成長力の高さは、教育の成果による。経済協力開発機構(OECD)は、教育政策をリードする目的で、国際教育指標事業(INES)を開始した。この教育指標全般に関するINESの年次報告書が『図表でみる教育: OECDインディケータ』(Education at a Glance)である。また、OECDは、国際学力状況調査(PISA、『OECD生徒の学習到達度調査』)を、2000年より3年おきに実施している。PISA2003においては、授業時間や家庭学習の時間が少ないにもかかわらず、フィンランドは全分野で上位の成績を収め、学力世界一と評されている。
また、対GDP比教育費あたりの学力水準を比較すると、フィンランドがもっともコストパフォーマンスが高いことも分かってきた。()()
自ら学ぶ子どもを支援する教育
フィンランドは、ユニークで堅実な学校教育を実行している。社会民主主義が作り上げた福祉社会を土台にしているが、1994年の教育改革は学校教育を大きく変えた。ソ連崩壊に端を発する経済不況の中で、行財政改革を迫られたフィンランドは、規制緩和の方法をとり、中央政府の権限を小さくして、ほぼすべての権限を現場に渡すことにした。日本の目指す方向とは、まったく逆方向の政策をとっている。そうすることで中間管理のコストを切り下げたのである。たとえば、教科書検定も学校査察も中止した。政府は条件整備を行い、国家教育委員会という専門家集団が教育水準を維持できるように情報提供し、地方自治体と学校が教育課程を、個々の教師が教育方法を決めている。このように権限が分けられていて、責任も明確にされている。
家庭でも学校でも、子どもたちは自ら学ぶように育てられる。義務教育期間にあたる16歳までは、他人と比べるようなテストは行われない。テスト準備の勉強や競争でなく、考え抜く学びが進められている。教師の仕事は、正解を教えることではなく、学びを支援することにある。フィンランドの教師たちは授業以外の負担はほぼなく、また教師の専門性が十分に発揮できるように、学級定員が20人程度(小学校16人平均)に小さくされている。教師は、一人ひとりの子どもたちの進度を授業の中で把握しており、必要な時機にその場で適切なアドバイスをしているということである。
フィンランドでは、家庭の社会・経済的な原因によって、能力発達が左右されてはならないと考えられており、社会が勉学条件の格差を埋め、一人たりとも落ちこぼれをつくらないという教育態勢をとっている。
学力観、知識観の変化
PISAは、これまで何を学んだかではなく、義務教育を終える段階の若者(15歳)が、これから社会に出て何ができるのかを測定しようとしたテストである。われわれがなじんでいる、知識の量や計算、英会話といった技能スピードを競うのではなく、応用力や思考力を問うような出題になっている。OECDは、知識や技能は、社会に出ても一生涯学び続けるものだとする生涯学習の立場に立っており、学習力を育てることが義務教育の主要な課題であるとみなしている。フィンランドの学習理論は、社会構成主義であると説明されている。子どもが置かれた状況に応じ、自ら意欲を持ち、知り得たことや考えて整理したものが知識であるとみなす。したがって、教育の仕事は、子どもたちが知識を編成していく方法論(メタ知識)を育てることだとみなされている。
OECDや世界銀行などの国際経済機関は、知識とは固定したものではなく、変更可能(renewable)かつ共同作業の中で作り上げられていくものだという見解に立っており、フィンランドの教育は、国際化の時代にもっともうまく対応したものになっている。
日本は、授業時間を増加させ、訓練的な教育を強化する方向に向かっているが、これはフィンランドとは逆方向に見える。