バーチャルウオーターとは何か
バーチャルウオーター(virtual water)とは、もともとは食料など、水をたくさん必要とする製品の移動が、水資源需給に及ぼす影響を定量化するための概念であった。しかし現在では「食料や工業製品の生産に必要な水の量」という認識で広く知られるようになっている。世界の水資源取水量の7割、水循環に戻る分を差し引いた正味の水資源消費量では、9割が農業灌漑(かんがい)用であると推計されているように、我々人類が使用している水の大半は、農業生産用である。
そこで、人口に比べて水資源賦存量(理論的に最大限に利用が可能な水の量)が少なく、自然状態で水が不足している国や地域では、他の国や地域で生産された食料を輸入することにより、本来生産に必要であった水資源を飲み水や工業用水など、他の用途にまわすことができる。
そういう観点から、食料の輸入は実質的に水の輸入と同じである、あるいは、仮想的な水の輸入とみなすことができる、という意味で、1990年代にロンドン大学のトニー・アラン教授が仮想水貿易(virtual water trade)という言葉を用いたのがバーチャルウオーターの由来である。
ウオーターフットプリント
アラン教授は、中近東の産油国などに関して、水資源賦在量(実際に使える水の量)は少ないのに、水をめぐる争いが熾烈(しれつ)にはなっていない原因の分析に、バーチャルウオーター貿易の概念を用いた。この場合、輸出国での生産にどのくらいの水資源が用いられたかよりは、輸入している分の食料を、もし消費国で生産せねばならなかったら、どのくらいの水資源が必要であったかが重要である。しかし、ある国や地域、あるいはそこに住む人々が海外から食料を輸入し消費することが、果たしてどのくらい生産地の自然環境に負荷をかけているのか、という観点からは、実際に生産に際して用いられた水の量であるウオーターフットプリント(water footprint)を算定する必要がある。
バーチャルウオーターやウオーターフットプリントの推計には、ブルーウオーターと呼ばれる河川や地下水からくみ上げて用いる灌漑水だけではなく、降った雨や解けた雪が耕作地などの土壌水分となり、作物によって利用される、いわゆる天水と呼ばれる水、グリーンウオーターも含まれている。
世界の食料生産に利用されている総水資源約7兆m3/年のうち、約7割はグリーンウオーターであると推計され、気候変動によって雨の降り方、水資源の分布が変化すると大きな変革を迫られる可能性を秘めている。
食料生産に必要な水の量はどれくらいか
ある耕地で1kgの食料を生産するのに必要な水の量は、その農地に投入された水の量を、そこからの収穫量で割ることによって算定でき、この値を水消費原単位と呼ぶ。日本の単位面積あたり収穫量の値を用いて計算し、歩どまり率を考慮して、食べられる部分のみの重さあたりに換算すると、白米では3600倍、大麦では2600倍、トウモロコシでは1900倍、大豆では2500倍、小麦では2000倍の水が使われている。水1kgはほぼ1リットルなので、白米1kgの生産に3600リットルの水が必要ということになる。さらに、畜産物に関しては、家畜が飲んだり厩舎(きゅうしゃ)を洗浄したりする畜産用水だけではなく、家畜の餌を得るのに必要な水の量まで含めて計算すると、生育期間が短い鶏でも4500倍、豚の場合には5900倍、生育期間が長い牛の場合には2万倍以上の水が必要であると推計されている。
こうした水消費原単位は国や地域によって異なり、農業効率の高い欧米の方がコメ以外に関しては一般に小さい値を取り、小麦で1000倍、牛肉で15000倍といった推計値がオランダのグループによって公表されている。
大量のバーチャルウオーターを輸入する日本
日本のカロリーベースの食料自給率は、とうとう40%を切り、2006年度には39%になった。水資源でも、国内の農業用水使用量が00年度で570億m3であるのに対し、小麦やトウモロコシ、牛肉などの形で輸入しているバーチャルウオーターの総計は627億m3にものぼると試算されている。ただし、日本の場合には、水が足りないためバーチャルウオーターを輸入しているというよりは、飼料用穀物を生産したり牧草地として利用したりできる土地が足りないため、飼料や畜産製品そのものを輸入している、と考えるべきであり、大量のバーチャルウオーター輸入によって、必ずしも日本の水資源がその分節約されているというわけではない。
また、日本が輸入している食料の生産に海外では、年間約400億m3の水資源が利用されていると算定されていて、このウオーターフットプリントの約17%が灌漑水であり、そのうち約7ポイントが非持続的な地下水、いわゆる化石水と呼ばれ、くみ上げて使ってしまったらなくなってしまう水資源だと推計されている。