10年前より1割も貧しくなった「暮らし」
貧困の問題が盛んに議論されるようになった。統計を見ると、たしかにこの10年ほどの間に私たちの暮らしは目に見えて貧しくなっている。その状況を概観しつつ、背景について考えてみよう。勤労者世帯平均の月平均収入を見ると、1997年の59.5万円がピークであった。2008年は53.5万円、1997年に比べ1割の減少である。
収入の減少を受けて、消費支出も1割近く減っている。食、住、衣関連の支出はいずれも1割以上の減少である。教育費や教養娯楽費も減っている。増えているのは義務的支出の性格の濃い光熱・水道費、自己負担増のあった保健・医療費、携帯電話の利用が盛んになった交通・通信費だけである。
勤労者全般の収入が落ち込む中で、年収200万円以下という低所得者が増えている。2007年の統計を見ると、年収200万円以下の人が1030万人、全体の23%に上っている。1997年に比べおよそ220万人増、比率にして5%増である。
こうした低所得の人は大半が派遣・パート・アルバイトといった非正規雇用の人たちであろう。2008年(平均)で1760万人、全雇用者の3分の1であり、1997年に比べ600万人増、比率にして11%増である。
不況到来とともに即座に解雇される恐れのある人が著しく増えている。そしてその人々は、もともと低所得であるから蓄えが乏しく、解雇されるとたちまちにして生活難に陥る。「派遣村」が活況を呈するゆえんである。
問題は、なぜこうした状況になったのかということである。
1996年に誕生した橋本龍太郎内閣以降の「構造改革」政策、とりわけ2001年に誕生した小泉純一郎内閣の下での、強化された「構造改革」政策にその因がある。
「構造改革」とは何か。そもそもは1990年代半ば、バブル崩壊後の日本経済を襲った長期不況の下で出てきた考え方である。「日本経済が長期停滞から脱しえないでいるのは構造が悪くなっているからである」「構造を改革しない限り景気は良くならない」と「構造改革」論者は主張した。どのような構造が悪いのか。「サプライサイド(供給側、すなわち企業側)の構造が悪い」というのがその主張である。どう悪いのか。「企業が活力を失っている」という。それでは、なぜ活力を失っているのか。「利益率が低くなっている(商売してもあまりもうからなくなっている)からである」と説明する。そこで「企業がもうかるような経済構造に日本の経済構造を改革していけば、日本経済は活力を取り戻す。景気は良くなる」と主張したのが「構造改革論」である。
「企業がもうかる構造」がつくられてきた
すなわち、「構造改革」とは、「企業がもうかる経済構造」に日本経済を改革しようとするものであった。この考えに、橋本内閣が、また後の小泉内閣が飛びついた。そしてその「改革」政策が経済・社会に影響を及ぼし始めた98年以降、暮らしは厳しくなった。「構造改革」政策の第1の柱は規制緩和である。企業活動にできる限りの自由を与える、そうすれば企業がもうかるようになるだろう、また、企業間の競争が活発になってもうけることのできる企業が生き残るだろう、というのである。勤労者世帯の貧困とか、低所得者や不安定就労の増加との関連でいえば、とりわけ労働の規制緩和、とくに労働者派遣法「改正」による規制緩和の影響が大きい。これらの規制緩和により、企業は、安い労働力を必要な時だけ雇う、つまり必要がなくなれば解雇するという自由を手に入れた。その結果が勤労者の所得減である。
ミクロの企業統計でも、マクロの国民所得統計でも、10年間の変化の姿が明白に見てとれる。すなわち、企業は人件費を圧縮することにより利益を増やし、内部留保を増やし、配当も増やすことができた。
また、「構造改革」政策の下で、国民所得7兆円の減と、日本全体が貧しくなったが、企業所得だけは17兆円の増と、もうかるようになった。雇用者報酬を14兆円の減と大幅に圧縮できたからである。
「構造改革」政策の第2の柱は「小さな政府」を目指す政策である。政府のやっている仕事を、民営化、民間委託などによって民間企業にさせる。それによって企業にもうけの場所を増やしてやるという政策であり、加えて、社会保障関連の政府支出を抑えるなどして企業の負担を軽くしてやるという政策である。
負担増で貧しくなった「家計」
結果として家計は、生活保護における高齢者加算や母子加算の廃止、その他による社会保障給付等公共サービスの削減に加え、消費税率の引き上げ、医療費自己負担割合の引き上げなどの負担の増加の被害をこうむることになった。一方で、企業は法人税率の引き下げ(1997年以前37.5%→99年以降30%)その他の恩恵に浴することができた。このようにして、家計は「構造改革」政策の下で、企業の力がより強く働く枠組みが作られたことによって貧困化され、加えて、自己負担増などの社会保障制度の改変によって、さらに貧困化させられるという状況に陥った。そしてその見返りとして、「企業がもうかる経済構造」へと日本経済は構造変化を遂げたわけだが、その帰結は、国内需要(とりわけ消費)不振、輸出依存型の経済となり、アメリカ発の経済危機の影響を真っ向から受けて戦後最悪の不況に陥っているということである。
暮らしを良くしていくためには、「企業がもうかる経済構造にする」という「構造改革」政策を取りやめ、「暮らしを豊かにすること」を目標とする政策へと、180度転換させていく必要がある。
具体的には、働く人が大切にされるよう、労働環境を抜本的に改善する政策が必要であり、加えて、誰もが安心して毎日を送れるように、社会保障制度についても抜本的に充実させる政策が必要である。
世界第2の経済大国である日本の経済には「豊かに暮らせる経済社会」を実現する力が十分に備わっているのである。