「選択のパラドックス」に陥る人たち
「一所懸命“婚活”しているのに、結婚できない」なぜ、そのようなことが起こるのか、まず、行動経済学の観点から説明しよう。「コンコルドの誤謬(ごびゅう)」という言葉がある。超音速旅客機「コンコルド」は、その開発段階で、すでに赤字になることがわかっていた。なのに、プロジェクトはスタートしており、投資額があまりに巨額に上ったため、開発を止めることができなかった。つまり、人は、先行投資が大きくなると、合理的な判断ができなくなるのだ。
また、「選択のパラドックス」という言葉がある。スーパーマーケットに6種類と24種類のジャムを並べる。6種類のジャムの陳列テーブルを訪れた客のうち実際に購入したのは30%であったが、24種類のジャムの陳列テーブルを訪れた客のうち実際に購入したのはわずか3%。つまり、人は、選択肢が多くなると選択できなくなるのだ。
一所懸命、「婚活」している人はそういう状態なのではないかと思う。「これだけ頑張ってきたのだから、次は、もっと自分にふさわしい人が現れるんじゃないか」などと思ってしまったり、目の前に並ぶ選択肢の多さに選択できなかったり。または、「これならあの人のほうが良かった」と、過去の選択肢と比べて選択できなかったり。こうして婚活疲れしてしまうのである。
そんな人たちが口をそろえる。「20歳の頃の私は、30歳になった自分がこんなに結婚で苦労するなんて思ってもいなかった。もう少し、若い頃から結婚について考えておけばよかった。ちゃんとしたビジョンを持っておけばよかった」
だから、婚学が必要なのである。
「婚学」とは
婚学とは、2012年前期から九州大学で1年生を対象に私が開講したゼミである。20人の定員に180人が殺到する人気ゼミだ。婚学と言っても、恋愛や結婚に関するテクニックを学ぶ場ではない。早稲田大学の森川友義教授が行っている恋愛学では「相手が100点満点中60点だとしても、とりあえず携帯電話の番号を交換する」などということを丁寧にレクチャーしているようだが、コンセプトがまったく違う。恋愛、結婚、出産、子育てをテーマに、ディスカッションやワークを重ねて、自らの人生をより豊かにするための考え方や生き方、そして、それを実現するための能力を身につけるのが婚学なのである。最近の大学生の気質を見てみると、「自分に自信ない」「勇気がない」「傷つくのがイヤ」というような男子学生がすごく多い。だから、告白できないのだ。傷つくことを恐れて、告白できないような大学生が、将来、社会人となりクリエイティブな仕事がバリバリできるようになるとはとうてい思えない。リスクテークする覚悟、そして、失敗したとしても、そこからもう一度立ち上がる力が、ビジネスにも恋愛にも必要なのだ。そして、「お客様を喜ばせる」「お客様の笑顔が自分の喜び」は、ビジネスの基本精神の一つであるが、それは、まさに恋愛の精神である。つまり、それらは、恋愛によって鍛えられるのだ。ベタな言い方だが、婚学では、そんな総合的な人間力の向上を目標としている。
だから、知識や情報を得るだけでなく、自ら考え、判断する力の習得を重視する。例えば、「恋人の条件」を5つ、「結婚相手の条件」を5つ考える。この5つの条件がぴたりと一致する学生はいない。それはそうだ。単なる恋人に、経済力や家事の力は必要ないが、結婚相手には求める学生は多い。
そこでだ。「恋人としてはバッチリだけど、結婚相手としてはちょっとな」と思っている相手から、プロポーズされたらどうするか。また、「恋人としてはバッチリ」な人と付き合っているときに、目の前に「結婚相手としてバッチリ」な人が現れたら、どうするか。もし、恋人としてはバッチリな人と別れられないのだとしたら、結婚まで見据えながら、恋人選びをすべきだということに気がつく。
こうした問いに対する答えはさまざまで、どれが正しいなんてない。大切なのは、知識や情報ではない。自ら考え、判断し、その決定に対して自ら責任を負う力なのだ。
婚学したら結婚できる?
さて、「先生、婚学したら結婚できますか?」の問いに対する私の答えは、yesである。ある回でこんなワークを行った。(1)やるべき家事をすべて洗い出し、(2)架空の男女カップルをつくり、(3)共働きするか否か、それぞれの月収、帰宅時間、居住形態など、生活スタイルを具体的に仮定し、(4)家事をどのように役割分担するかを二人で決めていく。ある女子学生は、将来、開業歯科医を目指しており、やりたいことがたくさんあるので、結婚なんてしないと、ずっと言い張っていた。しかし、このワークを行って、「この人と結婚したい!」とみんなの前で言い切った。二人で、「買い物は一緒に行こう」「掃除は得意だから」などと話し合う中で、新婚の生活がイメージでき、共有でき、一気に結婚への思いが高まったのだという。そんな彼女を見ながら、男子学生がデレデレだったのは言うまでもない。
ディスカッションやワークを重ねる婚学は、価値観や具体的な生活のイメージをシェアできる。酒を飲むだけの合コンや婚活パーティーなんかより、よっぽど効果的なのだと思う。
さらに婚学では、恋愛や結婚にまつわるマイナスな部分にもきちんとフォーカスする。例えば、「DVってどういうコト?」「できちゃった婚ってどういうコト?」「離婚とシングル子育てってどういうこと」という回がある。
離婚を前提に結婚する人なんていない。みんな幸せな家庭をイメージしながら結婚をする。だけど、現実には離婚率は高まり、できちゃった婚は当たり前になり、悲しいけどDVもデートDVも存在する。大人は「見る目がなかった」「自己責任」で仕方がない部分もあるが、そこに生まれる子どもが悲しい思いをし、犠牲者となるのは避けたい。その数を減らしたい。そのためには、恋愛や結婚のマイナスの部分からも目をそらしてはならないのである。
そもそも私は、これまで「弁当の日」を中心とした食育活動に力を注いできた。詳しくは『すごい弁当力!』(五月書房刊)などを参照してほしい。「生まれてきてよかった」「パパとママの子どもでよかった」と思える子どもを一人でも多く増やしたいのだ。
そのためには、パパとママが幸せであることだ。幸せな結婚をして、幸せな家庭を作る力を身につけることだ。そのために必要とされているのが、婚学なのである。