法律ができても減らない被害
私たちライトハウスは暴力や脅し、だましなどの手段で自由を奪い、強制的な搾取を行う「人身取引(主に性的搾取)」の根絶をめざして活動しています。そこには管理売春や児童ポルノも含まれており、予防や啓発のほか、相談窓口を設けて直接的な支援も行っています。活動を始めた2004年ごろは、被害者の大半は外国籍女性だったのですが、ここ数年は小・中・高校生を中心に若い日本人女性の被害が急増しています。つい最近も、相談をもちかけてきた14歳の女の子と「LINE」でつながりました。メッセージのやりとりを始めてしばらくたってから、彼女は母親から暴力を受けて育ったこと、数年前に一緒に住みだした義父から性虐待を受けていること、援助交際(児童買春)を始めた理由は家に食べるものがなかったから……までを話してくれました。
しかしある日、彼女はこんなメッセージを残したのです。
「(今から)援交しに行くところ。死にたいけれど死に切れないから、体も心もおじさんに殺してもらう……」
他にも、私たちが今まで出会ってきた子どもたちの中には、体を売った客に監禁されて暴力をふるわれたり、買春組織に取り込まれて管理売春をさせられたりする子がいました。裸やセックスの様子を写真・動画に撮られ、金品を要求されたり、性サービスを強要される子もいました。
日本では1999年に「児童買春・児童ポルノ禁止法」が施行され、2004年と14年には法改正も行われ、18歳未満の少年少女への強制わいせつや性ビジネスは取り締まりも罰則も厳しくなりました。にもかかわらず、子どもの性を描写する児童ポルノ被害は、15年度に過去最悪の905人(前年比21.3%増)を記録しました。女子高校生に性的な接客サービスをさせるJKビジネスも相変わらず規制をくぐり抜けていて、10代の性が商品として売られる傾向は変わりません。
そうした中で昨年、児童の人身売買・児童売春・児童ポルノに関する国連の特別報告者マオド・ド・ブーア=ブキッキオ氏が調査のため来日。日本では児童買春・児童ポルノ禁止法の成立後も、政府がこの問題の実態調査をしていないことを国連人権委員会で報告しました。以来、国会議員からも現状把握を求める声が上がり、ようやく厚生労働省が調査事業に乗り出したのです。
ネット社会が性的搾取の温床
今回の調査は「児童相談所における児童買春、児童ポルノ被害児童への対応状況に関する研究」といい、児童相談所で相談や指導にあたる2934人の児童福祉司に調査票を送って回答を集計したものです。回答者は2297人で、回収率は78.3%でした。児童相談所は、児童福祉法に基づいて18歳未満の子どもを保護・指導するための福祉機関で、全国に208カ所あります(2015年4月1日時点)。私たちが知る限り、児童相談所が把握できている児童買春や児童ポルノの被害は、全体から見ればごくわずかです。児童相談所につながる被害児童の約半分は警察に補導されたり、保護された子どもたちで、ついで学校、保護者、親族からの相談が多く、被害児童本人が相談に行くことはあまりありません。
従って政府による全国調査といっても、必ずしもすべてを見通せるわけではないのです。ですが、子どもの性的搾取被害に関する“第一歩の調査”であることは間違いなく、私たちも協力することにしました。
今回の調査でまずわかったことは、15年4~9月の半年間で全国の児童福祉司の10人に1人が児童買春、または児童ポルノ被害を把握していたという事実です。回答にあった事例の総数は266件で、うち約6割が児童買春、約3割が児童ポルノでした。複合被害も合わせると買春は7割近くにのぼります。そして彼女たちを“買った”のは、7割以上が18歳以上の大人でした。
児童買春では、8割以上の子どもがセックスまたは類似行為を要求され、金品のほか宿泊、食事などを代償として得ています。きっかけは、SNSなどネットを通じての出会いが最も多く、家族や近親者・恋人からあっせんされたケース、JKビジネスから発展したケースもあります。
中には「お菓子をくれたから」「善意で」と答えた子もおり、性的な搾取をされることに対する子どもたち自身の問題意識、被害認識の乏しさも確認されました。「自分が被害者だということに気づかないため、その後の継続的な支援が難しい」と回答した児童福祉司は少なくありません。
一方の児童ポルノでは、驚くなかれ撮影者の約3割が被害児童の家族で、ついで本人、交際相手や家族ではない18歳未満の子ども、交際相手や家族ではない大人、買春者、交際相手という順でした。撮影のきっかけは性犯罪と性的虐待がほぼ半々で最も多く、他には交際中の撮影やいじめ、兄弟や親戚からの暴力、SNSでの誘い・強要などでした。撮影された状況では、いわゆる自撮り(自分で自分を撮影)と、同意のうえで他人に撮影させた事例を合わせると、全体の5割近くにのぼります。
このように近年ではカメラやネット機能付きの携帯電話、スマートフォンなどが児童買春・児童ポルノ被害に絡むことが多く、児童相談所でも保護や指導を行うにあたって「専門知識が不足している」と感じる職員が増えているようです。とくに児童ポルノは単純所持のほか、画像データを第三者に見られる被害も拡大していて、対応が難しくなっているのが現状です。
児童相談所の支援に難あり
次に被害児童のプロフィールですが、これは圧倒的に女の子が多く9割を超えており、男の子は6%程度です。年齢別では13~15歳が約4割強と最多。学力的には「普通~やや低い」の範囲に入る子、障がいの有無では「なし」とされる子が、ともに半数以上でトップを占めました。では一体、何が彼/彼女らを被害者にしてしまうのでしょうか?被害にあった子どもたちの生活課題を調べると、「親子関係の不調」が6割以上で最も多く、ついで「家出・無断外泊」「低い自己肯定感(自信のなさ)」ということがわかりました。「不登校」「異性やネット上の人間関係への依存」「感情不安定」「友人からの孤立」「いじめ」など、他にも多くの課題が見つかり、一人の児童が平均3つ以上の課題で悩んでいることもわかりました。中には「自殺念慮(死んでしまいたいという強い思い)」「わからない」という回答もありました。
被害児童をとりまく環境では「一人親家庭」「保護者の心身的な不安定」「保護者の無関心」など、ほぼすべての事例で保護者自身が複合的な困難を抱えていました。こうした親子関係の不調は、家出・無断外泊先での児童買春や、家族による児童ポルノ撮影が増加しているという調査結果とも合致しています。
子どもたちは、買春者や撮影者に被害意識を持つ以前に、そこへ自分を追い込んだ環境や課題に深く影響を受けています。ですから精神的・心理的な支援が必要な事例が多く、注意深く対処しなければなりません。実際に児童相談所が行った支援を見ても、個別面接の他は「一時保護」や「一時保護委託」が多数を占め、被害児童を家に帰さず専門的な支援を行う割合が虐待被害事例の倍以上でした。