2019年9月には台風15号が、10月には台風19号が立て続けに日本を直撃し、各地に甚大な被害をもたらした。地球温暖化による異常気象を原因とする「観測史上まれに見る超大型台風」と言われているが、果たしてこれは正しい認識なのだろうか。今後、日本はさらなる超大型台風に見舞われることになるのだろうか。長年にわたり、気象と災害に関する調査・研究をされてきた気象予報士の饒村曜(にょうむら・よう)氏に、近年の台風の特徴と防災について話を聞いた。
地球温暖化が超大型台風の“犯人”なのか?
2019年秋に発生した「令和元年台風第15号」と「令和元年台風第19号」は、「記録的な暴風の台風」「観測史上まれに見る超大型台風」などと騒がれました。地球温暖化による異常気象が原因ではないかと報じられています。しかし、実はこれまでにも、同程度の規模の台風は多数、発生しています。例えば、1958年9月に神奈川県に上陸した「狩野川(かのがわ)台風」もその一つで、台風19号のように伊豆半島と関東地方などに大水害をもたらしました。
気象報道を見ていると、よく「観測史上初」という言葉を耳にしますが、日本における台風の観測史の始まりは、明確に1951年と定められています。理由は、発生件数や規模など台風に関する観測データをきちんと記録、整備し始めたのが1951年だからです。それ以前の正確な観測データは残っていません。
また、雨量に関する詳細な観測データが蓄積されるようになったのは、自動気象観測システム「アメダス」が運用を開始した1974年以降です。さらに気象衛星「ひまわり」が運用を開始し、海上における台風の衛星画像などを取得できるようになったのは1977年の打ち上げから1年後のことです。
一方、気候変動は、100~200年単位で起こるものです。そのため、近年の台風が本当に「異常気象」なのか否かは、百年単位で考えなければ判断できません。しかしながら、気象に関する観測データはまだ50~60年分しか蓄積がなく、異常気象と判断するには圧倒的にデータ量が足りていないのです。
したがって私は、地球温暖化は、超大型台風による大災害をもたらした“容疑者”ではあるけれども、証拠は十分とは言えず、“犯人”であるとは断定できないと考えています。
生活の変化に伴い災害の形態も変化
ただし、確実に言えることがあります。それは、近年、海水面の温度上昇により、台風が勢力を保ったまま日本に接近してきているということです。台風は温かい海面から供給される水蒸気をエネルギーにして勢力を維持します。本来であれば、発生地点(熱帯~亜熱帯)から日本に近づくにつれて海水面の温度が下がり、勢力が衰えるものなのですが、例えば台風15号が上陸した19年9月は、関東沿岸部まで27℃近い温度が保たれていました。
日本近海の海水温は、過去100年で1℃以上上昇しており、今後もその傾向が続くと予想されています。2020年以降も、「非常に強い」台風が日本に接近・上陸することは容易に起こりうると言っていいでしょう。
そして台風の勢力が強いまま接近してくることに加え、50年前、100年前と比べて我々の生活は大きく変化し、それに伴って被害の形態も大きく変化しました。極端なことを言えば、電気がなかった時代には「停電」という被害が生じることもありません。しかし、現代生活では電気はもはや欠かすことのできないインフラです。事実、15号のときの千葉県では、停電によって市民生活に多様かつ多大な被害が出ました。このように、被害の形態は私たちの生活と密接に関係しているのです。
それでは、近年、私たちの生活がどのように変化し、それがどのような被害としてあらわれるようになったのかをみていきましょう。具体的には大きく分けて、「ネットワーク化」「高齢化」「過疎化」「都市化」の4つの要因が挙げられます。
台風15号と「ネットワーク化」
まず、「ネットワーク化」に伴う変化とは、ごく限られた地域で発生した災害が、広い地域に影響を及ぼすようになったということです。例えば、ある地域を台風が直撃し、車の部品工場が生産停止に陥ったとします。すると、その部品を使っている自動車メーカーまで、被災していないにもかかわらず、生産ができなくなります。また、首都圏では鉄道の相互乗り入れが進んでいます。それにより、ごく一部の路線が豪雨や突風で運休を余儀なくされると、その影響が全線に及び、大混雑を引き起こします。ネットワーク化によって私たちの日常生活の利便性は向上しましたが、その一部が機能しなくなることで、ネットワーク全体が機能しなくなるのです。
ネットワーク化に伴う災害の最たるものは、先にも挙げた台風15号の後に千葉県広域を襲った停電被害です。まず強風によって送電網が壊滅しました。この事態に直面した行政や東京電力の対応は鈍かったと言わざるを得ません。東京電力による復旧の見通しは発表のたびに先送りされる一方で、実際、県内山間部では、木々や電柱が倒れて復旧用の車両が通れず、住民のところまでたどり着けない、という事例が多発しました。
復旧を待つ間に、さまざまな予備電源も尽きていきました。