私たちが普段使っている水道水に、発がん性など健康被害が指摘される化学物質「PFAS(ピーファス)」が含まれている――。水や油をはじく性質から多くの工業製品、生活用品に使われてきたPFASだが、環境中で分解されにくく、さまざまな経路を通じて水道水汚染を引き起こしていることがわかってきた。そのため、海外では規制が進むが、日本では――。
「世界一安全」とされてきた日本の水道水に、見過ごされてきた重大な危険性があった。沖縄を拠点に日本、世界各地を取材し、映画『ウナイ 透明な闇 PFAS汚染に立ち向かう』(2025年8月16日公開)を完成させた平良いずみ監督に聞いた。
『ウナイ 透明な闇 PFAS汚染に立ち向かう』©2025 GODOM 沖縄
誰もがこの問題の「当事者」
――平良いずみ監督の新作映画『ウナイ 透明な闇 PFAS汚染に立ち向かう』は、日本各地、世界各地で起こっている水や土壌のPFAS(有機フッ素化合物)汚染がテーマです。取材を始められたきっかけからまずお聞かせください。
平良 最初は本当に、個人的な怒りからでした。2017年、息子が生まれてまだ5カ月くらいのときに、何げなくテレビをつけていたら、私が住む沖縄県で「水道の水源地となっている河川から有害物質であるPFASが検出された」というニュースが流れてきたんです。それを聞いた瞬間、見ていたテレビの画面の輪郭がぼやけるくらい衝撃を受けました。
日本の水道水って、世界でも指折りに安全だと言われていましたし、産婦人科でも「赤ちゃんのミルクには水道水を使ってね」と指導されるんですよね。その水道水の中に毒性のあるものが、しかも胎児や幼児への影響が大きいとされる物質が含まれていた。自分の腕の中にいる乳飲み子のことを考えたら、とても許せない、許さないと思いました。
といっても、正直なところしばらくは「そのうち政治が解決してくれるだろう」と考えていたところがありました。でも、待てど暮らせど、汚染源である可能性が高いとされる米軍基地への立ち入り調査すら始まらない。そんな中で2019年5月、当時勤めていたテレビ局にニュースリリースが届いたんです。PFAS汚染に危機感を抱いた沖縄本島の母親たちが「水の安全を求めるママたちの会」という団体を設立し、県に問題改善を要請しに行く、という内容でした。
――映画の中に出てくる沖縄のお母さんたちですね。
平良 そうです。取材に行って、頭をがーんと打たれたようなショックを受けました。というのは、お母さんたちが本当にしっかりと勉強しているんですよ。
当時でも、アメリカではPFASについての規制が日本よりずっと進んでいたのですが、「ママたちの会」のメンバーはその数値データ――たとえば、ある川で獲れる魚の汚染度とか、「この州では、妊婦はここで獲れた魚をこれくらいしか食べてはいけないと決められている」とか――を集めて、誰でも見られるようにウェブサイトで情報公開していました。さらに、「水道水にPFAS に関する基準値を設けてほしい」という要望に、沖縄県が「国が基準をつくらないと地方は動けない」と返答したのに対しても、「アメリカのこの州ではこういう規制をしているから、この基準を準用して規制することはできるのでは」と、きちんとデータを示しながら要請していたんです。
これは本格的に取材しなくては、と思いました。一人だったらあまりに問題が大きすぎて立ちすくんでいたかもしれないけれど、お母さんたちが立ち上がって、ずんずん前に進んでいく姿に胸を打たれて、ここまで連れてきてもらったという感覚です。
――カメラはさらに、沖縄だけではなく日本各地で起こっているPFAS汚染の実態にも迫っていきます。東京・多摩地方では、沖縄と同じく米軍基地由来と思われる汚染が指摘されながらも、日米地位協定の壁に阻まれて原因の特定もままならない。一方、岡山県吉備中央町では山中に放置された廃棄物が水道水の汚染源だと判明するなど、その状況もさまざまです。
平良 全国のローカルTV局にいる友人などから情報収集を重ねるうちに、沖縄県以外でも多くの場所で汚染の問題が起きていることを知りました。中には東広島市のように、井戸水から高濃度のPFASが検出されたのに、その水を飲んでいる人がごく少数だったために地元でもほとんど知られていなかったようなケースもあって。研究者によると、PFASの物質によっては10年前後で一応体外に排出されると言われているので、今からモニタリングなどをしていかないと、後でもし健康被害が出てきたとしても、PFAS汚染との因果関係の証明が難しくなってしまうんです。その意味でも、地元の人たちに事実を知ってほしいと思って、取材を始めました。
――沖縄でPFAS汚染について報道された当初は、県外では「沖縄の問題」として受け止められがちだったと思いますが、まったくそうではないんだと改めて感じました。
平良 誰もが当事者というべき問題ですよね。そして、これだけ多くの場所で汚染が起こっていることが分かってきたのは、沖縄のお母さんたちをはじめ市民が立ち上がって、声をあげたから。その声に押された沖縄県の求めによって、厚生労働省が水道水中のPFASの暫定目標値を策定し、それに基づいて全国で調査が行われたからです。
そう思うと、ちゃんと声をあげることは本当に大切なんですよね。次の世代にPFAS汚染という「負の遺産」を持ち越さないために、一人でも多くの人が「自分ごと」として怒って、動いてほしいと思っています。