相次ぐプラネタリウムの新設・改装
「まだ一度もプラネタリウムを見たことがない」という方がいらっしゃるなら、それはとても残念なことだ。暮れなずむ夕空に一つ、また一つと星たちが姿を現す様は、たとえそれがニセモノの星空であっても、郷愁に似た思いを呼び起こす。悠久の昔、遺伝子に書き込まれた本源的な感覚はプラネタリウムの星空でも美しいと感じさせてくれる。そのチャンスを生かさないとは、誠に惜しい。今、プラネタリウム館の開館やリニューアルが相次いでいる。2010年11月、東京都渋谷区に新しく「コスモプラネタリウム渋谷」がオープンした。かつて渋谷駅前にあった「五島プラネタリウム」の再来と見ている方もあろう。同じく11月、羽田空港に「プラネタリウム・スターリー・カフェ」が開店、にぎわっているという。六本木ヒルズでは同じく11月から11年2月まで、3Dの「スカイプラネタリウム」を公演していたし、11年3月には直径35メートル・ドームを有する世界最大のプラネタリウム「ブラザーアース」が名古屋市科学館にリニューアルオープンというように、ちょっとしたプラネタリウム・ブームである。
この他、12年には東京スカイツリーに宇宙劇場の開場が予定され、加えて老舗とも言える池袋のサンシャインプラネタリウムや仙台も、また大阪も、明石も人気を博している。不況と言われる中にあって、各地のプラネタリウム館では見学者が減少する気配はない。
経済成長とともに急増
日本プラネタリウム協議会(JPA)の最近の調査によれば、年間約650万人がプラネタリウム館に足を運んでいるという。一般公開しているプラネタリウム館は全国でざっと250館、総座席数は3万7000ほどである。多いと見るか、少ないと見るか、評価が分かれるところだが、実は、世界的に見てこんなにプラネタリウムが持てはやされている国はそう多くはない。プラネタリウム館が最も多いのはアメリカだが、概して規模が小さい。中大型館の大半は日本にあって、わが国は間違いなくプラネタリウム大国である。皆さんの周りにも「イヤー、昔、天文学者になりたいと思ってねえ」という方が1人や2人いるのではなかろうか? そのうち相当数がプラネタリウムで育った人たちのはずだ。
現代的プラネタリウムは1923年、ドイツで発明された。日本に第一号が導入されたのは37年(昭和12年)で、これは大阪市立電気科学館に入り、翌年、東京・有楽町に開館した東日会館にも設置され、双方共に多くの見学者でにぎわった。その後、東日会館プラネタリウムは戦災に遭い、東京に復活したのは57年で、渋谷に五島プラネタリウムとして開館した。戦後復興・経済成長の波に乗り、90年ころのバブル経済絶頂期に約250館のピークに達し、現在、ほぼその数を維持している。
日本人にプラネタリウムが受けた理由
では、なぜかくも日本人はプラネタリウム好きなのか?まず考えられるのは、娯楽の少ない時代に導入され、「昼でも星が見える劇場」というキャッチフレーズに多くの日本人が魅了され、そのイメージが定着したことである。
今なお愛され続けている漫画家の手塚治虫は宝塚の出身である。大阪市立電気科学館が開館したのは彼が小学5年生ころのことで、友人の父親に連れられて来てたちまちプラネタリウムのとりこになってしまった。それがその後の彼の人生を決定する要因の一つとなったという例などはその典型と言えよう。
二つ目は、星に対する日本人独特の情緒的な見方、感じ方がある。これは欧米のプラネタリウムの演出を見ればすぐにわかる。欧米では、まるで大学の講義かと思うばかりに天体や宇宙の構造をひたすら解説してくれるかと思えば、ハリウッドに負けてなるものかと、映画的手法で派手な映像ショーとして見せようとする。ひどく退屈か、うるさい、と日本人である筆者は感じてしまう。日本では「別に星なんて分からなくてもいいの、星空の雰囲気が好きなの」という方が多く、現在の演出はそうした方々にぴったりだ。
そして、これはうぬぼれと言われかねないが、日本人の教養の高さを忘れてはならない。星・天体は自然の一つであり、誰でもどこからでも見える。しかし、それに意識が向くようになるのは、見る目が養われてからである。太陽と同じように、月や星も東から西へ動くことを「発見」して、びっくりする人が結構多い。太陽の動きを知っていたから驚くわけで、知らない人は驚いたりしない。
話は変わるが、戦前、プラネタリウムがあった国々は欧米の主要国と日本ぐらいで、こうした国々が第二次世界大戦を戦った。これは故無きことではない。第二次世界大戦は科学技術の戦いであり、資源と工業力、ひいては教育水準の高さを誇った国々が植民地再配分を巡って争った。つまり、プラネタリウムを有し、小国民の教育に使えるような大国でなければ、そもそも参戦は不可能だった。戦後、経済成長とともに日本がプラネタリウム大国となった事情も同様のことで、プラネタリウムは経済力、教育水準を示すバロメーターとも言えるのである。
進化するプラネタリウム
プラネタリウムの大半は学校教育用に使われてきたが、ここに来てドーム壁面全体に動画を映写する全天周映像システムが登場し、ダイナミックな動画や立体映像も映し出せるようになり、様相が変わってきた。これにより広い年齢層を対象に、多彩な演出で星空を紹介できるようになり、ワクワク・ドキドキ感は今までの比ではなくなった。これが現在のプラネタリウム・ブームを牽引(けんいん)しているのは間違いない。こんなプラネタリウムが世界のどこにでもあるわけではない。
シャープな星像は高度な光学技術の結晶であり、全天周映像は光学とコンピューター技術の成果である。そんなことをおくびにも出さず、静かに星空を見せてくれるプラネタリウム。そこに癒しを求める方も多い。これこそうるわしい科学技術の成果と思うのだが、いかがだろう?