ウナギが食べられなくなるかもしれないって、本当ですか?
今のままだと、そうなる可能性はかなり高いと思います。現在、日本人が1年間に食べるウナギの量は約6万トンといわれていますが、そのうち天然物は約300トンに過ぎません。つまり、99%以上は養殖によるものなのです。
それでは、その養殖がどのようにして行われているかといいますと、まずシラスウナギと呼ばれるウナギの稚魚を捕まえるところから始まります。シラスウナギは5センチほどの大きさの透明な魚で、冬から春にかけて、川に上がるため河口付近に集まってきます。それを網で獲り、養殖池で200~300グラムの大きさにまで成長させてから出荷するのです。
つまり、養殖といっても天然のシラスウナギがなければならないのですが、近年、その漁獲量が急激に減っています。1970年ごろには140トンあった水揚げが、85年ごろからは20トン前後に落ち込み、最近ではさらに激減しているのです。
シラスウナギの漁獲量が少なくなった原因は、さまざま指摘されています。乱獲の影響、海や川の環境変化、海流の変化などが指摘されていますが、簡単には特定できません。ただ、現実問題として、ウナギ養殖に欠かせないシラスウナギが年々少なくなってきているのは事実であり、このままでは近い将来、私たちはウナギ料理を食べられなくなってしまうかもしれないのです。
ウナギの完全養殖は難しいのですか?
そこで、解決方法として考えられてきたのが、ウナギの完全養殖です。天然物の稚魚に頼らず、「産卵→孵化(ふか)→仔魚→稚魚→成魚」という生育の段階をすべて人工的にコントロールできれば、十分な出荷量が確保できるだけでなく、天然資源の保護にもつながります。ところが、これが簡単ではありません。なぜなら、ウナギは実に謎の多い魚で、現在でもその生態は完全には解明されていないからです。
中でも、ウナギがどこで卵を産み、孵化するのかを特定することは、大きなテーマでした。ニホンウナギの産卵場調査は1930年代から行われたとのことですが、シラスウナギのひとつ手前の段階であるレプトセファルスが台湾の南の海域で採集されたのは、ずっと後の67年のことです。それを期に、産卵場は沖縄の南方の海域ではないかと予測されるようになったのです。
その後2005年に、孵化したばかりの仔魚であるプレレプトセファルスが西マリアナ海嶺にあるスルガ海山の西側でみつかり、ニホンウナギの産卵場はこのあたりではないかという仮説が立てられました。ちなみにスルガ海山は日本から南に2500キロほど行ったところにある深い海の中の山で、日本から南下したウナギのオスとメスがこの山を目印に集まり、産卵・受精をすると考えられたのです。
ところが、続く08年と09年の調査では、産卵前後のメスや成熟したオスを捕獲することに成功したものの、一部の例を除いて、場所は必ずしもスルガ海山の近くではなかったことから、先ほどの仮説に疑問が生じてしまいました。そして、現在では、産卵場は1カ所に定まっているのではなく、西マリアナ海嶺と、北赤道海流の表層水を南北に分断する塩分フロントの交点のすぐ南の海域に形成されると考えられています。また、孵化してからシラスウナギとなって日本に到着するまでのルートも、完全に解明されてはいないのです。
完全養殖を実現するために進められている研究とは?
このようなニホンウナギの生態調査と併行して、完全養殖を目指す研究も続けられてきました。そのなかで画期的だったのは、1973年に北海道大学が世界で初めて卵の人工孵化に成功したことです。ただし、生まれたプレレプトセファルスは5日間しか生存できず、その後、他の大学や研究機関でも孵化には成功するものの、最長で17日間しか飼育できませんでした。この状況は80年代を経ても、そんなに変わりませんでした。私たち養殖研究所がウナギの人工種苗生産技術開発に本格的に取り組み始めたのは、そんな停滞を打破するためでした。90年代の初頭から研究がスタートし、孵化した仔魚の飼育を続けますが、生存期間は93年になっても1日延びただけの18日間。このころは絶望感に包まれていました。
いろいろ手を尽くしても、仔魚たちはすぐに死んでしまう。理由は、はっきりしていました。どんな餌を与えても、ほとんど食べないからです。そのため、私たちは「人工孵化したプレレプトセファルスは自然に孵化したものと違って、生育に必要な機能が備わっていないのではないか?」と疑ったほどです。もし、その段階で完全な仔魚になっていなければ、いくら飼育方法を工夫しても絶対に育たない。つまり、その先にあるのは失敗でしかないということです。
失敗を乗り越えたブレークスルーになったのは?
プレレプトセファルスの飼育期間を延ばし、レプトセファルス、そしてシラスウナギにまで生育させていくには、なんとかして仔魚が食べる餌を探し出すしかありません。もちろん、人工孵化が完全なかたちで行われていないのではないかといった疑いは消えてはいませんが、立ち止まっているわけにはいきません。幸い、養殖研究所にはさまざまな海産魚の仔魚を飼育した経験があったため、ウナギの仔魚の口に合う粒子サイズ、栄養素、消化性などの条件をもとに、20種類以上の餌を用意して、しらみつぶしに試してみました。すると、その中で有効だったのが、凍結乾燥させたサメの卵の粉末だったのです。
そして1999年、ついにプレレプトセファルスからレプトセファルスへの飼育に成功し、2002年にはシラスウナギへの変態に世界で初めて成功しました。この瞬間、ウナギの完全養殖への道がようやく開かれたのです。
シラスウナギ誕生から完全養殖までの道のりは?
人工的な産卵と受精、さらに人工孵化からシラスウナギまでの飼育が可能になったのですから、あとは卵から育てたシラスウナギを成魚まで成長させて、人工的に成熟させ、産卵と受精を行わせることができれば、ウナギの一生を完全に再現できます。ところで、ウナギはシラスウナギの時期までは性的に未分化で、オスでもメスでもない状態にあります。それが20センチぐらいに育つまでの間に、オスとメスとに分かれるのですが、飼育環境のもとでは90%以上がオスになってしまいます。
そこで、人為的に「メス化」させる必要が生じるのですが、これが簡単ではありません。幸い、この分野で先進的な取り組みを続けていた愛知県水産試験場がこの技術を先に確立しており、私たちはそこから養殖メスウナギの提供を受けて実験に使っていました。
ただし、メスになったあとも、成熟や排卵を促進するホルモンの投与を適正に行わなければ、良質な卵が得られません。そこで、卵巣中の卵の一部を取り出して、顕微鏡で観察しながら、最適な投与のタイミングを計っていったのです。
ちなみに、成熟用のホルモンはサケの脳下垂体から抽出したもので、この技術の確立と、オスの精子を冷凍保存する方法を完成させたことによって、安定的に大量の仔魚を孵化させられるようになりました。