今回は、コンペティション部門に招待された河瀬直美監督の「殯(もがり)の森」がグランプリを受賞したことで、日本でも例年以上にカンヌの話題がメディアで大きく取り上げられた。
【映画祭といえばやっぱりカンヌ?】
映画祭といえばカンヌが話題になるが、では、カンヌ国際映画祭とはどんな映画祭なのだろう。カンヌ映画祭は、第二次世界大戦が終了した翌年の1946年に第1回が開催された。映画祭としては、32年から始まったベネチア国際映画祭の方が歴史が長いのだが、ムッソリーニのファシズム政権の下で運営されたことから印象が悪く、また、戦後になってからも、企画・運営、パブリシティーの面でカンヌが常にリードして、後発ながら最も権威ある映画祭として見られるようになった。【映画祭のもう一つの顔】
映画祭には大きく分けて二つの役割がある。一つは、賞を授与するという、クリエーティブな一面と、もう一つは、マーケット、つまり映画の売り買いの場という役割である。
映画の売り買いがどのように行われるかと言えば、映画を売りたいセールス会社がブースを出展し、買いたい配給会社がそこを訪れ、権利について、価格、条件などの交渉をする。映画のマーケットは、アメリカのロサンゼルスやイタリアのミラノで大規模なものが毎年開催されているが、映画祭でも併設される場合が多い(東京国際映画祭や韓国のプサン国際映画祭でもマーケットが最近始められた)。
【最も華やかな映画祭】
カンヌ国際映画祭が、映画祭の中でも最も華やいだ映画祭と言われるのは、賞の権威とマーケットの両輪が相乗効果を発揮しているからだ。映画祭のディレクター、プロデューサーの力量は優れた作品を集めることにある。多数の優れた作品から選ばれた受賞作の権威は、他の映画祭よりも高くなり、その受賞価値で映画のセールス価格も高くなる。高く売れることから、製作者はカンヌへの出品を目指す。カンヌ60回の歴史は、高い権威が高い販売価値を生み、それがまた秀作を集めるという連鎖を築いた。アメリカのアカデミー賞の受賞が、娯楽映画のセールス価値を最も高くし、カンヌの受賞がアート系作品のセールス価値を最も高くする。カンヌでは賞を競う作品がその場で売られることから、映画祭に訪れた監督や俳優たちも、プロモーションに積極的に参加する。連日連夜、話題作のプロモーションのパーティーが、南仏の海辺のホテルで繰り広げられ、そこに世界中の映画界のセレブたちが集まってくる。日本からも毎年400人を超える人たちがカンヌ国際映画祭に参加(事前に登録しなければならない)するが、賞を取材するジャーナリスト、評論家よりも、マーケットに参加する業界人の方が圧倒的に多い。まさに日本の映画会社、ビデオ会社の人たちが一堂に会した状態で、カンヌに行けばふだん疎遠にしている人にも会えるという、業界密度の濃い場となる。カンヌの街に落ちる金額も大きく、観光産業としても大きく貢献をしている。ベネチア国際映画祭は、賞ではカンヌに劣らない、高い権威を誇っているものの、マーケットの規模が小さいことが、映画祭としてのにぎわいで見劣りする。ベネチア国際映画祭に参加する日本人は50人に満たない。
【日本映画の評価】
しかし、一般の人たちにとっては、受賞の結果に興味が向かう。今までのカンヌ国際映画祭における日本の主な受賞作品は以下のとおり。「地獄門」(1954年/グランプリ/衣笠貞之助監督)、大島渚(78年/監督賞「愛の亡霊」)、「影武者」(80年/パルム・ドール/黒澤明監督)、「楢山節考」(83年/パルム・ドール/今村昌平監督)、「親鸞・白い道」(87年/審査員賞/三國連太郎監督)、「死の棘」(90年/グランプリ/小栗康平監督)、「うなぎ」(97年/パルム・ドール/今村昌平監督)、河瀬直美(97年/カメラ・ドール/「萌の朱雀」)、「M/OTHER」(99年/国際批評家連盟賞/諏訪敦彦監督)、柳楽優弥(2004年/男優賞/「誰も知らない」)。
【受賞とビジネスの関係】
ところで「パルム・ドール」「グランプリ」ってどんな賞なのか。「パルム・ドール」は黄金の棕櫚(しゅろ)という意味で、カンヌ国際映画祭のシンボルマークにもなっている、現在では最高の賞である。しかし、映画祭が始まった当初は、劇映画の長編部門の最優秀作を「グランプリ」としていた。それが1955年から「グランプリ」が「パルム・ドール」となり、それが65年に再び「グランプリ」に戻り、さらに75年から「パルム・ドール」となり、今に至っている。そして、以前からあった審査員特別大賞というものが、90年から「グランプリ」となった。「カメラ・ドール」は新人監督を対象に78年に創設されたものだ。
ベネチア国際映画祭には「金獅子賞」「銀獅子賞」があり、ベルリン国際映画祭にも「金熊賞」「銀熊賞」があり、それが1位、2位を指しているのだが、カンヌでも、「パルム・ドール」「グランプリ」を定着させることで、1位、2位としているようだ。
カンヌ国際映画祭に招待される作品は基本的にはアート系の作品が多く、興行的には難しい作品が多々ある。そこで、受賞結果は興行には大きなプラスとなる。また、上映のタイミングも微妙に影響があり、受賞しても公開まで時間が空くと、話題は忘れ去られていく。河瀬直美監督の「殯の森」は、6月23日(土)から東京、渋谷のシネマ・アンジェリカで上映が決まっており、タイミングとしては絶好である。