国際共同製作が推進される理由
ここ数年、各国の映画祭で国際共同製作のセミナー、シンポジウムが盛んに行われている。特に、ベルリン国際映画祭(ドイツ)、ロッテルダム国際映画祭(オランダ)など、ヨーロッパの映画祭では活発である。1990年代以降、西ヨーロッパ各国では、ハリウッド映画のシェアが拡大し、各国の映画産業は大きな打撃を受けた。映画の製作費はどこの国でも年々コストアップが続き、自国の市場だけではカバーできなくなってきている。また、大型ハリウッド映画に対抗するには、それぞれの国が自国市場だけをターゲットにした企画では、小粒で太刀打ちできないということもある。そこで、ヨーロッパ各国では、共同でハリウッドに対抗できる大型映画の製作に向かうようになった。2001年にフランスの監督リュック・ベッソンによって設立されたヨーロッパ・コープは、世界に発信する映画製作を目指した会社である。フランスでは、世界の各国と合作協定を結び、積極的に国際共同製作を推進している。それぞれの企画とのかかわり方でポイントを付け、一定の点数を超えると、国内映画の助成対象にもなる恩恵が付与される。
こうした状況を背景に、01年にユネスコで「文化の多様性に関するユネスコ世界宣言」が採択された。グローバリゼーションの進むなかで、世界を支配する巨大資本のコンテンツから、それぞれの国、地域の固有の文化を守ろうということである。これは、ハリウッドの脅威がそこまで大きくなったことを示している。EUでは、固有の文化を守るための施策として、映画産業振興施策の「MEDIA Plus(メディア・プラス)」を打ち出した。「メディア・プラス」は、ヨーロッパの映画芸術、映画表現を文化遺産として維持、継承、活性化させる目的で作られた。このプロジェクトは、ヨーロッパの良質な映画を支援するため、ヨーロッパの複数の国が共同で製作・配給する映画に助成を行っている。そして、毎年カンヌ国際映画祭では、最も多くのヨーロッパの国々で上映された作品にEUメディア賞が贈られている。
アジアにも国際共同製作の波
この国際共同製作のトレンドは、香港の中国返還や“韓流”がアジアに広く受け入れられるようになった東アジアでも盛んになった。ひとつのきっかけとしては、04年に香港、中国との間で結ばれたCEPA(経済貿易緊密化協定 Closer Economic Partnership Arrangement)である。この協定によって、香港映画は中国の外国映画輸入枠にしばられず、中国に進出できることになった。そこで、各国は香港と共同製作することで、その映画は中国市場にも参入することができるようになり、香港と他国との国際共同製作が増えることになった。さらに、中国と香港との共同製作も増えている。現在はまだそれほど大きくない中国の映画市場も、経済発展とともに、近い将来は大きな市場に拡大することが予想され、香港、台湾、シンガポール、マレーシアといった中国語圏の国々は、中国との関係を深めていくだろう。また、映画の企画開発力、作品製作力で高度な力を持つ韓国も、自国の市場が小さいことと、日本市場に限界が見えたことから、中国との共同プロジェクトが増加している。一方、日本は、世界第2の映画市場であったために、国際共同製作にはそれほど積極的ではなかった。しかし最近は、経済産業省の助成のもと、ユニジャパン(財団法人日本映像国際振興協会)による「J-Pitch」という国際共同製作推進プロジェクトが進められている。
映画の国籍
こうした流れから、最近は複数の国が出資し、複数のス国のタッフ、キャストが参加する映画が続々と作られるようになった。例をあげると、以下のような作品がある。「力道山」(04年 製作国 日本/韓国 監督ソン・ヘソン 出演ソル・ギョング 中谷美紀)、「初雪の恋 ヴァージン・スノー」(06年 製作国 日本/韓国 監督ハン・サンヒ 出演宮崎あおい イ・ジュンギ)、「バベル」(06年 製作国 アメリカ 監督アレハンドロ・ゴンサレス・イニャリトゥ[メキシコ] 出演ブラッド・ピット 役所広司 菊地凛子)、「モンゴル」(07年 製作国 ドイツ/カザフスタン/ロシア/モンゴル 監督セルゲイ・ボドロフ[ロシア] 出演浅野忠信 スン・ホンレイ[中国] クーラン・チュラン[モンゴル]) など。
また「肩越しの恋人」という、原作は日本の直木賞作家の唯川恵だが、監督イ・オンヒ、主演イ・ミヨン、イ・テラン、製作も韓国という、外見はまったくの韓国映画に日本のアミューズが出資したり、その逆で「グーグーもまた猫である」という日本映画に、実は韓国のCJエンタテインメントが出資していたりと、複雑である。
「ラストサムライ」(03年)、「硫黄島からの手紙」(06年)は、セリフの多くに日本語が使われ、多数の日本人俳優が出演しているが、ハリウッド映画であり、共同製作かといえば違和感も感じる。
最近は映画祭の「出品国」がそれほど大きな意味を持たなくなった。しかしデータベースを作るときに問題が起きている。「硫黄島からの手紙」を日本映画から外してしまうと、渡辺謙のフィルモグラフィーを検索してもこの作品は出てこない。現実にはこういう例外については備考で対応している状況だ。
注:宮崎あおいの「崎」は本来の字ではありません。
J-Pitch
2006年4月に発足した国際共同製作支援プロジェクト。日本の映像産業を国際市場に通用する映像コンテンツとして強化するために、日本映画を中心としたコンテンツ製作者へ向け、海外の映像コンテンツ製作者とのマッチング、ネットワーキングの場を提供するとともに、国際市場に通用するコンテンツの企画開発支援を行っている。