世界最大規模の祝祭!
2008年9月14日、第11回ヴェネチア・ビエンナーレ国際建築展2008がスタートした。ちょうど「崖の上のポニョ」などが紹介された映画祭と入れ替わりのタイミングである。これは50カ国以上も参加する、世界で最大規模の建築展だ。どれくらいデカイかと言うと、2つのメーン会場を見るのに、最低でも1日、ゆっくり鑑賞すれば2日はかかるし、さらに街のあちこちにも展示空間が点在し、これらを全部まわろうとしたら、3~4日は必要だろう。ヴェネチアの有名なサンマルコ広場は、誰もが訪れる観光名所だが、そこから10分ほど歩くと、まず造船所跡の会場アルセナーレ、あと5分ほど足をのばせば、もうひとつの会場のジャルディーニ公園に到達する。ちなみに、「ビエンナーレ」という言葉は、2年に一度を意味しており、現在は美術展と建築展が交代で開催される。美術展は19世紀の終わりに始まり、100年以上がたち、建築展もすでに四半世紀の歴史をもつ。
ヴェネチア・ビエンナーレの特徴とは?
08年11月30日まで開催中の「横浜トリエンナーレ2008」も含めて、国際的な展覧会は数多いが、ヴェネチア・ビエンナーレの特徴は、国別のパビリオンが並んでいることだ。万国博覧会の会場の雰囲気に似ていよう。ただし、ヴェネチアのパビリオンは、仮設ではなく、常設である。そしてフランス、ドイツ、イギリス、ロシア、日本、アメリカなど、各国の代表的なアーティストや建築家が参加し、金獅子賞をめざして精一杯の展示を行う。いわば文化のオリンピックとも言うべきイベントである。実際、展示には各国の資金力というか、国力も露骨に反映される。建築展において日本館は話題を集めてきた。1996年は、磯崎新のディレクションのもと、阪神・淡路大震災の瓦礫(がれき)を持ち込み、廃墟の風景を再現し、金獅子賞を獲得している。これ以外にも「少女都市」や「おたく」をテーマとした展示によって世界を驚かせた。前回の06年には、藤森照信のユーモラスな建築を紹介し、見る人の心をなごませている。日本館のテーマ
今回の日本館のコミッショナーは、企画のコンペによって、筆者が選ばれた。勝利したテーマは「エクストリーム・ネイチャー(究極の自然/性質)」である。東京都現代美術館の吹き抜けに、重さ1tの四角いふうせんをデザインしたことで知られる若手建築家の石上純也に展示を依頼した。彼は植物学者の大場秀章との共同作業により、4つの小さな温室を日本館のまわりに建設した。普通の温室は、外部と分離させて、内部に人工環境をつくり、本来その地で育成できないエキゾチックな植物を入れる。だが、石上の温室は、むしろゆるやかに内部と外部を連続させて、建築、植物、地形、家具など、すべてが等価になった曖昧な風景を生む。つまり、完全な防寒ではなく、ゆるやかに一枚重ね着したような皮膜である。落ち着いた庭の雰囲気から、とても簡単にできた空間のように見えるかもしれない。だが、極細の柱と極薄のガラスによる華奢な温室は、コンピューターを用いた高度な構造設計と職人の技術によって初めて可能になった実験的な建築である。
建物を超えた建築
全体テーマは、08年のビエンナーレの総合ディレクター、建築評論家のアーロン・ベツキイが提示した「建物を超えた建築」である。「建物」は経済や実用性から自動的に導きだされるのに対し、「建築」はそこに芸術的な意図や実験的な試みを加えたものだ。彼が直接的に監修したアルセナーレの会場では、ビルバオ・グッゲンハイム美術館を手がけたフランク・ゲーリー、ぐにゃぐにゃな造形を得意とするザハ・ハディド、身体と応答する情報空間を提示したコープ・ヒンメルブラウ、デジタル系のグレッグ・リンなど、巨匠から若手まで、さまざまな前衛的な建築家が参加した。しかも縮小された模型ではなく、実物大の1分の1の空間を体感できる巨大なインスタレーションを活用していたことも大きな特徴である。前回はテーマが「都市」だったせいか、文字や統計ばかりの研究発表のような展示が目立ったが、今回は空間を楽しめる実験的な建築のユートピアが出現していた。そうすると日本館の温室群も、アイデアで終わらずに、現実に作られた実験建築といえる。スイス館の展示は、ロボットアームをもつ建設機械とそれを用いて積んだうねる煉瓦の壁だった。イタリア館は、北京オリンピックのメーンスタジアム「鳥の巣」を手がけたヘルツォーク&ド・ムーロン+アイ・ウェイウェイのコンビによるやたらと脚が長い椅子のインスタレーションや、マッド・サイエンティスト的なR&SIE+DSなど、実験建築のオンパレードである。
未来を志向するイベント
前回06年のビエンナーレでは、過去の巨匠や資料を展示するパビリオンも多かった。しかし、それでは博物館になってしまう。2年に一度の建築の祝祭には、やはり未来を志向するイベントがふさわしい。そもそも国際的な展覧会のシステムを生みだした万博は、エッフェル塔やクリスタルパレスなど、最先端の実験建築を世に送りだした。「藤森建築と路上観察」
第10回ヴェネチア・ビエンナーレ建築展(2006年)の日本館の帰国展。07年に建築史家である藤森照信の建築家としての作品や、赤瀬川原平らと展開した路上観察学の成果が東京オペラシティアートギャラリーにおいて紹介された。素材や構法の紹介、縄文建築団が制作した竹と縄で編むドーム型シアター、芝の塔、温暖化により水没した時代の「東京計画2107」など、図面や模型に頼らない建築の展示手法が注目を集めた。また同時期に銀座メゾンエルメスで開催された藤森の「メゾン四畳半」展では、エルメスの社員や観客が参加して、会場に三つの茶室を実際のサイズで制作した。いずれも頭で理解するのではなく、体で空間を経験するという藤森建築らしい姿勢を貫いたものである。(2008.3)
(五十嵐太郎)
石上純也
いしがみ じゅんや
建築家。1974年生まれ。2000年東京芸術大学大学院修士課程修了。2000~04年妹島和世建築設計事務所に勤務。04年独立。同年「low chair」「round table」が、ポンピドーセンターのコレクションになる。05年SDレビューで「長屋のちいさな庭」がSD賞受賞。キリンアートプロジェクト2005において「table」がキリン賞受賞。 05年東京電力主催の住宅プロジェクトで最優秀賞受賞。07年、東京都現代美術館「SPACE FOR YOUR FUTURE」展に「四角いふうせん」「リトルガーデン」を出展。08年、神奈川工科大学KAIT工房を設計・完成。
大場秀章
おおば ひであき
植物学者。1943年生まれ。東京大学名誉教授、理学博士。専門は植物分類学、生物地理学。1971年のインドネシア・スラウェシ島の調査、72年のヒマラヤ高山植物の調査などを皮切りに、崑崙、ヒマラヤ、アラビア半島などのフィールドを踏破し、極限状態に生きる植物の生態や多様性を研究。植物学史や植物画など植物文化にも造詣が深く、日本におけるシーボルト研究の第一人者でもある。
インスタレーション
installation
立体作品を壁や床に設置して、空間を意識的に表現する方法。又はその作品。