この「パートナーシップ証明書」とは、結婚に相当する関係にある同性二人の社会生活関係を「パートナーシップ」と定義し、区長が一定の条件を満たした者に対し、パートナー関係を証明する書類を発行する、というもの。
LGBT支援活動を続ける東さんと増原さんはその第1号として「渋谷区パートナーシップ証明書」を取得した。現在、証明書の原本は額に入れて家に飾り、証明書のコピーは、それぞれが常に携帯しているそう。
取得からの1年間を振り返って、証明書の意義、社会の変化などについて伺った。
行政が動くことで企業の対応が変化
――証明書を取得されて、どんなことが変わりましたか?東 この1年で社会の動きがすごく変わったな、と実感しています。LGBTという言葉も、4~5年前はほとんど誰も知らなかった。けれどもパートナーシップ条例や証明書のニュースが大きく取り上げられたことで広まりました。LGBTを理解していただく上での大きな一歩だったと思います。
企業の対応もかなりのスピードで変化しています。たとえば携帯電話。ソフトバンクは以前から同性カップルも家族割り引きが可能だったのですが、ソフトバンク以外の大手2社も家族割り引きが使えるようになりました。航空会社のANAとJALでは、マイレージも家族として合算できるようになった。外国人と日本人のカップルは、よく日本と海外を行ったり来たりするので喜んでいます。
増原 行政が動くことで企業ってこんなに動くんだ、と感じましたね。中でもインパクトが大きかったのは生命保険。私が以前入っていた生命保険では、死亡保険金の受取人は母親になっていました。14年 に受取人を小雪さんに変えようとしたのですが、家族、親族ではないからと断られたんです。
それが、渋谷区パートナーシップ証明書の発行が始まる直前の15年10月29日、まずライフネット生命が「同性パートナーを死亡保険金受取人に指定することを可能とする」と発表しました。それに続いて第一生命、日本生命など、条件の違いはあれ、同様の取り組みが増えています。
私たち自身は、生命保険についてはまだ検討中なんです。でも、現在、法的には同性婚ができない中で、同性カップルにとって財産の相続は大きな問題の一つです。生命保険の受取人になれることで、どちらか一方が亡くなった場合の金銭的な不安が一つ解消された意義は大きいですね。実際、同性カップルからの問い合わせや申し込み件数は増えているそうです。
私たちにとって何が一番変わったか、と考えると、何かあったとき――たとえば病気をしたときや、引っ越しをするときに、証明書を持っていれば家族扱いされるだろう、という期待、安心感かな。証明書はお守りのようなものですね。
東 渋谷区の場合、「パートナーシップ証明書」を取得していれば家族として区営住宅に申し込めるんです。区内の病院などでも効力を発するようになってほしいと期待しています。たとえばどちらかが意識がなくなってしまったときに、手術の同意書にサインできるとか、面会ができるとか。同性カップルで、家族、親族と認められず、死に目に立ち会えなかったという悲しい話も聞くので。
増原 そうですね。ただ、証明書があったとしても、法律上の家族や親族によって追い出されてしまうことも考えられる。法的な婚姻に比べたら、その効力はまだ限定的だと思います。
公的に認められたことで気持ちに変化が
東 でも、自治体に公に認められて、「私たち、家族なんです」と言える意味はとても大きい。13年に裕子さんと国立市に転入したときは、私たち、市役所でカミングアウトできなかったんですよね。増原 小雪さんが先に転入届を出しに行って、その何日後かに私が出しに行ったら、窓口の職員さんから「同じ住所にこういう人がいるけど、誰ですか」と聞かれて。そのときはまだ言う勇気がなくて、「友達です」と。
東 あれ、嘘ついて傷ついちゃったよね。
増原 次、14年に渋谷区に引っ越すときは、もう嘘をつくのは嫌だから、全部カミングアウトして、部屋も「ふうふ」 として借りようと決めて臨んだけれど、申込書に小雪さんを「妻」と書いたら、不動産屋さんが、「大家さんに理解があるかわからないから、これを書くと決まりにくいかもしれない。“友人”にしておきましょう」と。とにかく部屋を借りたいからしょうがないか、と思ったけど、ちょっと嫌だったね。
東 結局、そこには決めなかったんですよね。
増原 今住んでいるところは、不動産屋さんがLGBTフレンドリーで、「大家さんにもちゃんと説明しておきましたよ」と言ってくれた。大家さんもおおらかに受け入れてくれました。でも、不動産に限らず、苦い経験が何度もあるので、自治体が発行する証明書を持っていることは一つの拠り所になる。仮に嫌なことがあったら、「いや、ちゃんと渋谷区から結婚に相当する関係と認められてるんで」と説明できる、という心強さはありますね。
東 LGBTへの認知が高まり、理解が広がっていかなければ、ただ紙があっても通じないことがあるかもしれないけど、認知を高めるために、渋谷区の証明書は大きな役割を果たしてくれたと思います。
私は、条例の成立や証明書の取得を仲間に祝ってもらえたのもすごくうれしかった。社会的にも広く認識されるようになって、自分の気持ちにも変化が生まれました。
「内なるホモフォビア」という言葉があります。同性愛が偏見や差別をもって語られる社会の中で、当事者が自分を肯定できず、同性愛嫌悪を抱えてしまうこと。私の中にもそれがあったと思うんです。でも、東京ディズニーリゾートでの結婚式(13年)や、証明書の取得、そういった経験を通して、私の「内なるホモフォビア」が消えていった。
増原 まだあったんだ。
東 あった。
同性パートナーシップ条例
男女平等や、性別にとらわれない多様な個人の尊重などを目的に制定された東京都渋谷区の条例。2015年3月31日に同区議会で可決、翌月1日施行。条例では、LGBTと呼ばれる、レズビアン、ゲイ、バイセクシュアル、トランスジェンダーなど性的マイノリティーの人権尊重が掲げられ、同性のカップルを「結婚に相当する関係」と認める「パートナーシップ証明書」を発行することが定められている。
パートナーシップ証明書
東京都渋谷区の「渋谷区男女平等及び多様性を尊重する社会を推進する条例」(2015年4月施行。通称・同性パートナーシップ条例)に基づき発行される証明書。区内在住の20歳以上の同性カップルを対象とし、共同生活の合意事項についての公正証書を作成していることなどを条件に発行。区民や事業者には、証明書を持つカップルを夫婦と同等に扱うことを求める。賃貸住宅への入居などで家族として扱われることが想定されるほか、家族向け区営住宅に夫婦として入居することが可能になる。また、職場での不当な差別など、条例の趣旨に反する行為があり、区長の是正勧告に従わない場合には、事業者名を公表することができる。ただし、証明書に法的な効力はない。
LGBT
【L】レズビアン(女性同性愛者)、【G】ゲイ(男性同性愛者)、【B】バイセクシュアル(両性愛者)、【T】トランスジェンダー(生まれた時に法律的、社会的に割り当てられた性別にとらわれない性別のあり方を持つ人。一部の性同一性障害者を含む場合がある)の頭文字をとった単語で、セクシュアル・マイノリティー(性的少数者)の総称の一つ。
公正証書
公証人(司法試験合格後、司法修習生を経た法曹有資格者から、法務大臣によって任命される国家公務員)が、金銭の貸借、不動産の貸借・売買、離婚の際の財産分与・慰謝料支払約束、遺言、任意後見契約など、民事上の法律行為について、当事者の依頼に応じて作成する公文書のこと。法律の専門家が、法的に明確な形で作成するため、証明力が高い。