東海テレビは、これまで良質のドキュメンタリー番組を制作・放映し、それらを劇場映画としても公開してきたことで知られている。最新作『さよならテレビ』は、2018年9月に放映された番組内容に新たなシーンを加え、20年1月より劇場版として公開される。同局の夕方のニュース番組の内側を取材し、視聴率競争や日々の仕事の中で揺れるスタッフたちを描きだした作品だ。テレビ放映時からメディア関係者のみならず評判を呼び、国際芸術祭「あいちトリエンナーレ」でも上映された。心にぞわぞわとしたものを巻き起こすこの映画、東海テレビのドキュメンタリーの仕掛け人、プロデューサーの阿武野勝彦(あぶの かつひこ)さんに聞いた。
ドキュメンタリーにタブーはない。だから、「自画像」を描いた
──まもなく公開される『さよならテレビ』は、テレビ局報道部の内部にカメラを向けた異色のドキュメンタリーとして、18年にテレビで放映されたときから大きな話題を呼びました。最初に企画を立てたのは今回公開される映画版の監督も務めた土方(正しくは、土に点。以下同:ひじかた)宏史ディレクターだそうですが、阿武野さんはその企画書を見たときにどう思われましたか。
阿武野 直感的に「ああ、いやだな」と思いましたね。自分たち自身を取材対象にして、今の報道の内側を映し出そうというわけですから、当然局内で激しいハレーションが起こるだろうし、放送した後、どのくらい居心地の悪い状態が続くかも分からない。正直、いいことなんて一つもないだろう、と思いました。
──映画の冒頭でも、報道部の他のスタッフが、カメラを向ける土方さんたちに「撮るなよ」と反発する場面が出てきましたね。そうなることも当然予測されていて、それでも「やろう」と思われたのはどうしてでしょう?
阿武野 私はこれまでプロデューサーとして、「ドキュメンタリーのテーマにタブーはないよ」と言い続けてきました。そして、その言葉を聞いてきたディレクターが、本気で「やりたい」と言っている。ならば、自分の言葉を違えず約束どおり、実現するしかないなと思ったというのが一つです。
また、ちょうど東海テレビの開局60周年というタイミングだったので、これを機に自分たちの「自画像」を描くべきではないかと思ったということもあります。特に、2011年に東海テレビが起こした「セシウムさん事件(※)」に対して、自分は真正面から向き合って答えを出していないという思いがずっとあったので、その機会が来たのかな、とも思いました。
そんなふうに、いくつもの思いが錯綜してはいましたけれど、企画を実現させない理由は何もなくて、前に向かっていくエンジンだけが回り始めたという感じでした。
※セシウムさん事件…2011年8月、東海テレビのローカル情報番組放送中に「怪しいお米 セシウムさん」などのダミーテロップが誤って表示された。視聴者から多くの批判が寄せられ、番組は打ち切りとなった。
──「さよならテレビ」というタイトルにはどのような思いがあったのでしょうか。テレビ局の周年記念番組としては、これも異色のタイトルだと思いますが……。
阿武野 これは、土方の企画書を見た瞬間に私が言ったんだそうです。正直なところあまりよく覚えていないのですが、60周年を機に過去をリセットしなくてはならない、「過去にさよなら」するんだ、ということだったのかもしれませんね。
あとは、日常的にテレビ報道、ひいてはメディア報道全般に対する危機感がそう言わせたのかもしれない、とも思います。「国境なき記者団」の「報道の自由度ランキング」で180カ国中67位という数字が象徴するように、今の日本の言論状況が決して良くないというのは、多くの人が感じていることでしょう。東海テレビだけではなくさまざまなメディアに関わる人々、ジャーナリストに向けて、今の日本の言論状況をしっかりと見つめ直そうと伝えたい……そんな思いもあったのかもしれません。
──これだけテレビを見る人が減っている今、視聴者が「さよならテレビ」と言っている、ということなのかとも思いました。
阿武野 それもあると思います。でも、テレビを作っている人間はテレビがあまり見られていないことに対して、それほど自覚的ではない気がします。
たとえば、ニュースでもバラエティでも、今の番組って字幕スーパーや説明、音楽や効果音など、演出がどんどん過剰になっているでしょう。これは、見る人の想像力を奪ってしまうのではないでしょうか。そのうえ、どこも同じような題材で、同じような演出をして、しのぎを削っている。こうしたこともテレビが視聴者から「さよなら」されてしまう一因だと思っています。でも、そこに自覚的なテレビマンが少ないから、同じような番組が作られ続けているのでしょう。
私たちのドキュメンタリーは「説明が少なくて不親切だ」と言われます。字幕スーパーはほとんど入れないし、説明も最小限にしています。でもそれは、視聴者への信頼があるからこそできるんですよね。東海テレビを視聴している地域の人たちは、私たちよりよほど理解力のある人たちだと思っているし、こちらが「教えてやろう」なんていう啓蒙的な気持ちはまったくない。過剰に説明しなくても伝わる、そこは見る人と作り手とのコミュニケーションとして成立するはずだと思っているんです。
「密造酒のように」広がった上映会
──では、その「『さよなら』されつつあることに自覚的ではない」テレビ業界で、この作品はどう受け止められたのでしょうか。
阿武野 実は、最初にテレビ番組として放映したときは、視聴率は名古屋地区で2.8%と、かなり低かったんですよ。ところがオンエア後に、全国各地でメディア関係者が上映会を開いていて、非常に多くの人の目に触れることになりました。中には「裏ビデオみたいに出回った」なんて言う人もいたので、私は「裏ビデオでなくて、密造酒と言ってください」と言いました(笑)。テレビ版の『さよならテレビ』の上映会に私も何度か呼ばれてティーチインをしましたが、一ローカル局の番組がこんな流通の仕方をするということは、この時代にあり得ないことだと思いました。
──それはどうしてだったのでしょう?
阿武野 分かりません。いまだに分からない。そして、感想を聞くと、皆さん、非常に饒舌(じょうぜつ)に話されるんですが、その視点も本当にさまざまなんですよね。
ジャーナリズムの危機として見る人もいれば、労働問題の映画として見る人もいる。