所得格差と機会格差
格差社会を語る時には、二つの視点を区別する必要がある。第1の視点は、経済活動の結果によって生じた経済格差(所得や資産)に注目するものである。
第2は、経済活動に入る前の段階で格差があるかどうかに注目する。人々は教育を受け、仕事を見つけ、企業や官庁であれば昇進といった諸々の事象にかかわっている。どれだけの所得を得られるかに影響するこれらの活動について、人々に平等な機会が与えられているかどうかが第2の視点である。
この二つの視点は密接に関連がある。高い教育を受けた人の所得が高いのは普通なので、関連のあることはわかってもらえよう。本来ならば両者を同時に論じるべきであるが、本稿では主として前者(すなわち所得格差)を論じる。
所得格差への二つの視点
所得格差を論じるに当たっても、さらに二つの視点がある。第1は「貧富の格差」に注目する。すなわち、所得の高い人と低い人の差への関心である。第2は「所得の低い人、あるいは貧困者のみ」に注目する。
後者への関心の源泉には、少なくとも世の中において貧困者の数がゼロであれば、お金持ちがどれだけ稼いでもかまわない、という思想がある。その一方で、前者はお金持ちと貧困者の所得差にも関心を寄せるものである。
拡大する貧富の格差
まず「貧富の格差」を論じておこう。ジニ係数を用いて、日本の所得分配の不平等度がどれほど変化してきたか、ここ30年の経過を見てみる。1981年には再分配後所得(税や社会保障による所得再分配効果を考慮した場合)のジニ係数は0.314だったが、2002年では0.381に上昇している。20年ほどの間の0.067ものジニ係数の上昇は、所得分配の不平等化がかなり進行したといってよい。
人々はジニ係数といった数字よりも、日々の生活から貧富の差の拡大を認識しているのではないだろうか。ここ十数年の間に、都会にはホームレスが大勢いる一方、六本木ヒルズ族に代表されるように、年収数億円、数十億円の人が目立つようになった。マスコミによる数々のアンケート調査によると、国民の7~8割が日本の「貧富の格差」が大きくなっていると答えている。
日本国内の動向だけでは格差を正確に理解できないので、ここで国際比較を行って、日本がどの位置にいるかを確認しておこう。
はOECD諸国(24カ国)における所得分配の不平等度を示したものである。これらの国を、(1)所得分配の不平等性の高い国、(2)中程度の国、(3)平等性の高い国、の三つのグループに区別すると、日本は(1)のグループに属していることとなる。日本は国際的に見ても、貧富の格差が大きくなっているのである。
貧困大国ニッポン
第2の視点は、日本において貧困者がどの程度存在しているか、である。貧困には二つの定義がある。一つは「絶対的貧困」といい、生活に困るほどの所得しかない人々に注目する。公的には生活保護基準以下の所得しかない人のことである。さらに、その国の平均的な所得額と比較して半分以下の所得しかない人を貧困者とする定義があり、「相対的貧困」と呼ばれる。
は日本における絶対的貧困率を示したものである。
絶対的貧困の定義である生活保護の基準は地域によって異なるので、ここでは二つの基準(1級地の1:大都市、3級地の1:小都市と町村)に基づいて計測した。
日本全体の貧困はこの両者の中間とみなしてよい。1996年から2002年までに貧困率が相当上昇したことがわかる。
さらに衝撃的な事実は、相対的貧困率の国際比較から得られる日本の貧困率の高さである。
OECD諸国(26カ国)の中では15.3%で上位5位であるが、中進国のメキシコとトルコを除外すると、なんと第3位の高さである。
ここでの数字は全人口に占める貧困者の比率であるが、年齢を労働人口(18~65歳)に限定すると、日本はアメリカに次いで第2位になるとOECDは述べている。日本は貧困大国となってしまっている。
格差社会の要因と対応
なぜ日本で貧富の格差が拡大し、貧困者の数が増加したのか、簡単にまとめておこう。(1)過去15年程度の経済不況が深刻であったこと、(2)高齢化の進行が高齢者、特に単身高齢者の増加をもたらし、その貧困が目立つこと、(3)離婚率の上昇により母子家庭が増加したこと、(4)ニート・フリーターに代表されるように、若者の間における所得格差が拡大していること、(5)非正規労働者の数が激増し、低所得者の代表となっていること、(6)中央と地方の経済格差が拡大したこと、などがあげられる。
所得格差を是正するための政策としては、これらの要因への対応が図られる。
すなわち、(1)正規労働者と非正規労働者の賃金を含めた労働条件をできるだけ近づける、(2)社会保障制度の充実、(3)税・社会保障料による所得再分配効果の強化、(4)地方経済の活性化、などである。
ジニ係数
社会における所得分配の不平等さを測る際に用いられる代表的な指数。完全平等(全世帯の所得が同じ)の時に0、完全不平等の時に1をとり、数字が大きいほど不平等度が高いとされる。