ケータイ小説に大打撃
ケータイ向けの無料HPサービス「魔法のiらんど」の連載小説「恋空」は、読者数が1200万人を数えるブームとなった。単行本が発売されるや、1カ月で165万部を突破するベストセラーとなり()、2007年11月には人気女優新垣結衣の主演で映画化され、大ヒットとなった。こうしたケータイ小説がまもなく読めなくなるかもしれない。青少年のケータイに「フィルタリング」が義務づけられるからだ。フィルタリングとは、禁止薬物や銃器の売買などの不法情報サイトや、アダルト・出会い系サイトなどの、有害サイトへのアクセスを制限するサービス。通信会社が選んだ公式サイトだけを見られるようにしたり、一定の基準に基づいて問題のあるサイトを見られなくしたりする。
ケータイ犯罪は深刻だ。出会い系サイトに関連した事件は07年上半期で907件に上る。学校裏サイト(中学・高校の生徒らの手による非公式の掲示板サイト)には誹謗中傷が書き込まれ、いじめの温床になっている。こうした事態を国会も問題視している。
そこで07年12月10日、増田寛也総務大臣は通信会社に対し、フィルタリングの導入を要請。これを受け、通信各社は未成年者へのフィルタリングの原則導入を相次いで発表した。親権者が通信会社に申し出ない限り、未成年者は違法・有害情報にアクセスできなくなる。早ければ08年6月から実施される。
普通のサイトにも入れない!
ところが、これに対し、コンテンツ企業など関係業界から反発の声が上がった。違法有害サイトから子どもを守るには、フィルタリングは有効だ。しかし、健全なサイトも排除されてしまうというのだ。このままでは、SNS(友人からの招待などで登録できる会員制のコミュニティーサイト)やブログ、掲示板などコミュニティーサイトへのアクセスは不可能になる。公式サイトだけに制限されると、学校のページも国会のサイトも利用不可だ。自分の日記も、家族の作った写真も見られなくなる。育ててきたゲームのキャラクターも使えなくなる。
正常な場作りに努めている会社も多い。中高生を中心に570万の利用者を擁する魔法のiらんどは、アイポリスという監視サービスを運用し、健全化に相当のコストをかけている。
ケータイは新文化の増殖炉
「モバゲータウン」(ケータイ向けのゲーム付きSNSサイト)は、2007年末には会員数が860万人に達し、日本の16歳の6割が利用しているという。中学生・高校生で知らぬ者はない。だが、SNS機能をもつため、これもこのままではアクセスできなくなる。モバゲータウンを運営するDeNAの南場智子社長は、「今回の騒動で株式時価総額が1500億円失われた」と訴える。モバイルのコンテンツは数少ない成長産業であり、かつ、日本が世界をリードする分野として海外の投資家も注目する。経済にもダメージを与えかねない。
日本のモバイル文化は世界の先端だ。若者はケータイの画面で文字を読む。活字離れが叫ばれるが、決して文字離れではない。そして、親指でメールや日記を書き、発信する。これほど文字を書いている世代はなかろう。モバゲータウンの「クリエイター」のコーナーでは、33万件の詩や小説、1万3000作品の楽曲が作られている。ギャル文字を生み、写真やビデオでコミュニケーションする。新しい文化の増殖炉なのだ。こうした芽を潰しかねない。
第三者機関の設立へ
青少年を違法・有害情報から保護しつつ、健全なコンテンツの発展を促進する手はないか。フィルタリング自体はよい。問題は、それをどう運用するかだ。通信会社が全サイトの善し悪しを判断するのは、そのビジネス戦略がコンテンツ全体を左右することとなり、適当ではない。かといって、政府が規制すると、表現の自由に関わる問題となる。そこで早速、第三者機関を設立する取り組みが始まった。2007年12月26日、モバイルコンテンツフォーラム(MCF)が中心となって、「モバイルコンテンツ審査・運用監視機構準備委員会」が設置され、フィルタリングの基準策定や審査・運用方法などが審議されている。堀部政男一橋大学名誉教授が座長を、筆者が座長代理を務めている。通信会社、コンテンツ会社、弁護士、消費者、NPO、学者、政府関係者らが知恵を出し合っている。
(社)デジタルメディア協会(AMD)も、「コンテンツアドバイスマーク認定制度」を数年にわたり検討してきた。これも堀部教授が座長を、筆者が運用部会長を務め、良質なコンテンツか否かを判断する方法を練っている。総務省は「インターネット上の違法・有害情報への対応に関する検討会」を開催し、方策を検討している。
フィルタリング問題の本質
しかし、フィルタリングは万能薬ではない。こうした仕組みをパスした健全なサイトでもトラブルは生じる。悪い大人は、メールでも誘いをかけてくる。より大事なのは、ネット社会を生き抜く能力を個々の利用者が身につけていくことだ。親、学校、社会が力を合わせ、時間をかけて、青少年の対応力を育んでいくことだ。NPO「CANVAS」は、子どものデジタル表現力やコミュニケーション力を高める活動を続けている。石戸奈々子副理事長は言う。「いじめなどネット上で起きている問題は、現実社会でも存在する。デジタルが問題を助長している面はあるだろうが、本来はモラルや教育で努力すべき問題だ。」
ケータイが他国に先んじて発展した日本はいま、モバイル社会を築く先駆者の苦しみを味わっている。海外に前例はない。官民あげて答えをみつけていくしかない。