もはや食料危機レベル
世界の食料市場ではここ数年、需要と供給がひっ迫する傾向が強まっている。生産が拡大傾向にあるにもかかわらず、旺盛な消費に生産が追いつかず、世界の在庫が毎年取り崩されているためである。これを受け、シカゴ穀物市場では、過去30数年にわたり1ブッシェル(約27.2キロ)3ドル前後で推移していた小麦が、2008年に入って一時13ドルを突破し過去最高を記録したのに続き、大豆が16ドル台を付け、1973年の史上最高値12.9ドルを34年ぶりに更新した。トウモロコシも、06年平均の2.6ドルから、08年に入って8ドル台に達するなど、ここ数年で価格は3倍以上に上昇した。世界には大量に商業生産されている農産物が約150種類あり、国連食料農業機関(FAO)によれば、その生産量は40数億トンになる。この内の約半分が米(もみベース)、小麦、トウモロコシなどの穀物だ。いずれも、年間の生産量が6億トンを超える基礎食料である。ちなみに、アメリカ農務省(USDA)の農産物需給報告(08年7月発表)によれば、2008/09年度(おおむね08年後半~09年前半)の世界生産量は、米(精米)4億3170万トン(もみベースでは6億6415万トン)、小麦6億6423万トン、トウモロコシ7億7529万トンで、これらの合計は21億トンを上回る。これら3穀物だけで、世界のすべての食料生産量の半分近い数字となる。問題は、2000年代に入って穀物需給がひっ迫傾向にあり、07年以降価格が急騰し、史上最高値圏にあることだ。
市場における需給のひっ迫は、期末在庫率(期末在庫量/年間消費量)の動きに集約して現れる。FAOは1970年代はじめに、適正在庫について、年間消費量の2カ月分にあたる17~18%という数字を掲げている。世界の穀物の期末在庫率は、1999/2000年度末に30%台(120日以上)にあったものが、2000年代に入って急速に低下し、07/08年度末には15%近くまで落ち込んでいる。これは、食料危機があった1973年のレベルに並ぶものである。在庫量も5億トン以上あったものが3億トン台に減少している。生産が拡大しているにもかかわらず、2000年以降消費の伸びに追いつかず、毎年毎年、世界在庫が取り崩されて来たことによるものだ。気が付くと危機的なレベルにまで期末在庫率が低下していたことになる。在庫率の低下は、国際穀物市場が、異常気象や水不足などによる需給の変動にその分だけ敏感となり、価格上昇を招きやすい状態となることを意味する。
新興国の経済成長が引き起こす需給ひっ迫
一方、最近の穀物価格の高騰を周期的な変動に過ぎないとする見方も多い。実際、穀物価格は過去30数年にわたり、ほぼ10年に一度の干ばつがあれば高騰し、収まれば急落するといった周期的な変動を繰り返してきた。今回の価格上昇が大幅なのは、投機マネーによるものとの見方である。確かに投機マネーの影響は大きいが、投機マネーが穀物市場に流入するのは、その前に需給のひっ迫があるからである。この背景には、中国やインドなどの発展途上国が、工業化によって猛烈な勢いで先進国に追いつこうとするダイナミックな動きが始まったことがある。1990年代までは、総人口8億弱の成熟した先進諸国が世界経済をけん引していたため、成長をしても新たな資源の需要拡大には直結しなかった。資源価格が上昇するのは、戦争や干ばつなど一時的な供給障害が生じたときで、解消されればたちまち価格は下がった。すなわち「上がったものは下がる」周期的な変動となった。
ところが、2000年代に入ってからは、中国やインドなどの人口超大国が持続的な高成長過程に入ったことにより、毎年毎年、新たな資源需要が喚起され、それらの累積的効果が需給ひっ迫となって市場に顕在化するようになった。これは言わば中国などが先進国に向かうまでの「過渡期の現象」ではあるが、中国とインドだけで人口25億弱となると、食料市場への影響は大きく、過渡期の期間も10年や15年では済まない。
こうした中、新たな需給ひっ迫要因として懸念されるのが、エタノール・ブームである。アメリカのブッシュ大統領は、07年1月の一般教書演説で、2017年までの10年間にトウモロコシを中心とする再生可能燃料を350億ガロン(1ガロン=約3.8リットル)生産し、ガソリンの消費量を20%削減する計画を打ち出している。これは、燃費規制を強化することでガソリンの消費量を直接5%削減し、エタノールなどで15%を代替するというものである。
問題は、こうしたエタノール生産の急増が、アメリカのトウモロコシの輸出余力を低下させることである。すでにアメリカでは、トウモロコシ生産量全体の3割以上がエタノール生産に向けられ、飼料用需要と合わせると、生産量の9割近くが国内で消費されることになり、輸出に供することのできるのは残りの1割程度となる。さらに気がかりなのは、アメリカに次いで世界第2位のトウモロコシ生産国である中国の動向だ。同国でも、飼料用はじめエタノール、コーンスターチなどの需要が急増し、国内需給がひっ迫し、早晩、純輸入国に転じる可能性が強まっているためだ。
「三つの争奪戦」が始まる
今後、世界の食料市場では、三つの分野での争奪戦が強まる可能性が強い。すなわち、(1)国家間、(2)エネルギー市場と食料市場間、(3)限られた水と土地をめぐる農業と工業との争奪戦である。こうした食料争奪の世界では、「高い値段を払えば食料は市場でいくらでも手に入る」、あるいは「より高品質で安全・安心な食料を求める」日本人にとって、「買い負ける」、すなわち買おうとしても中国などの他の国に買われて買うことができなくなる可能性も出てきた。いまや日本国内においても、耕作放棄や生産調整を行っている場合ではない。農地をはじめ農業技術、環境対応、人材などあらゆる資源を動員して、来たるべき食料危機に備え、食料増産に向けた体制作りが急務である。その際、農業関係者は、安定調達という面でWTO(国際貿易機関)協定に基づく多国間協議やFTA(自由貿易協定)などにも目を向けるべきであろう。