リーマンの破綻が信用収縮生む
それまでサブプライム問題と呼ばれていた事態を金融危機、とくに急激な信用収縮へと変容させた最大の契機は2008年9月のリーマン・ブラザーズの経営破綻である。リーマン・ブラザーズの経営破綻自体は、同社が、サブプライム住宅ローン関連の証券化を組み入れた商品の販売や自己資金での投資を、レバレッジ効果(小さな力で大きな力を生むてこの原理)を最大限に望めるよう拡大した結果、多額の損失や流動性確保への悪影響に直面することとなり、遂にはそれらに耐え切れなくなって生じたことである。そうした意味で、リーマン・ブラザーズの経営破綻はサブプライム問題の延長、ないし一角として位置づけられよう。
ところが、リーマン・ブラザーズの経営破綻は、サブプライム問題では済まされない、信用収縮という金融危機を深刻化させる新たな事態を引き起こし、とりわけ金融機関や企業が短期資金を融通するアメリカの短期金融市場の機能をほぼ完全にマヒさせた。
金融機関経営への疑心暗鬼が顕在化
まず、リーマン・ブラザーズの経営破綻は、(a)サブプライム問題以降の金融機関をめぐる一連の動きで、アメリカ大手金融機関の一つとして、初めての破綻事例となったこと、(b)また、直前まで同社は、S&P社から長期格付けで投資適格にあたるA格、短期格付けで最上位にあたるA-1格を得ていたにもかかわらず、経営破綻に至ったこと、(c)さらに、ほぼ同時期にメリルリンチ(アメリカ大手証券会社の一つ)のバンク・オブ・アメリカによる救済買収や、AIG(アメリカ大手保険会社の一つ)の事実上の国有化などが起きたこと、(d)CDS(クレジット・デフォルト・スワップ)のカウンターパーティー・リスクの上昇などにより、どういった金融機関や機関投資家に、どのような経路で、どの程度の悪影響が及ぶのか、がすぐには判明しなかったこと、などから、広く金融機関全般の経営状況に対してくすぶっていた疑心暗鬼を一気に顕在化させた。この結果、金融機関が発行するコマーシャルペーパー(金融CP)や資産担保CP(ABCP)に対する信用度は急低下した。例えば、金融CPやABCPの1カ月物の調達コストはリーマン・ブラザーズの経営破綻の直後に3~5倍に大幅に上昇した。一般企業のCP発行へも波及
そして、こうした信用収縮は金融機関だけにはとどまらず、例えば、短期格付けが第2位の一般企業によるCPも、調達コストが5~6倍に急上昇し、その発行額はほぼ半減した。短期格付けが最上位の企業でさえ、一時的にオーバーナイト物(満期が1日)のCPしか発行できなくなったところがあったほどである。アメリカの企業、とくに大企業は近年、手元流動性をあえて減少させる一方で、CPの調達コストが銀行借り入れより低いために、短期金融市場で発行するCPによる資金調達比率を高めてきた。整備された短期資金調達の場としてほとんど問題視することなく利用してきたCP市場にこうした大きな混乱が生じた。このことから、企業の中には、アメリカ家電量販店第2位のサーキット・シティなどのように資金繰り倒産に追い込まれたところもあった。また、アメリカでのCP発行による資金調達がしにくくなった日系企業の中には、日本の本社、ひいてはメインバンクに対して支援を求めたところもあった模様である。
アメリカのMMFとCP市場の深い関係
なお、リーマン・ブラザーズの経営破綻は他の金融機関のみならず、本来は無関係とも言える一般の企業が発行するCP市場にこれほどまでの悪影響を及ぼしたのである。その経緯は、リーマン・ブラザーズが発行したCPなどを保有していたリザーブ・マネジメント社のMMF(マネー・マーケット・ファンド)が、リーマン・ブラザーズの経営破綻により、そのCP評価額をゼロとせざるを得ず、その結果として元本割れに直面したことが引き金となって生じた。もともとアメリカの家計や企業などの間では、MMFが元本保証はないが信用リスクの極めて低い短期金融商品として認識され、08年9月末で定期預金7.9兆ドルに対し、MMFは3.3兆ドルの残高という普及ぶりで、広く定着していた。しかし、リザーブ・マネジメント社MMFの元本割れの影響を受けて、企業が発行するCPなどを運用対象とするMMFから投資家が史上空前の規模で資金を引き出したのである。08年9月の1カ月だけで約4000億ドルという巨額な引き出しである。そして、アメリカの企業が発行するCPの実に4割がMMFで保有されていたことから、こうした大量の資金流出は、MMFの運用担当者が投資対象からCPを減らす運用保守化の動きと相まって、企業が発行するCP市場全体に多大な動揺を与える主因となった。第2回は、本来であればサブプライム問題とだけ呼べば済むはずだった事態がその後、なぜ、例えば住宅ローンの証券化問題とは本来無関係だったはずの企業の資金繰りにも大きな悪影響を与える状況に至ったのか、アメリカ企業の短期資金調達の要たるCP市場をめぐる動きを中心に解説した。第3回は、金融危機と実体経済の悪化との結びつき、とくにアメリカの消費と証券化との深い関係、信用収縮に対するアメリカ政府の対応と現状などについて考察したい。
CDS(クレジット・デフォルト・スワップ)
融資による債権を保有する銀行にとっては融資先、社債などの債券などを保有する投資家にとっては発行体にあたる企業などがデフォルト(債務不履行)に陥った場合に、銀行や投資家がその損害を負担してもらう権利の相対取引のこと。
カウンターパーティーリスク
取引の相手(カウンターパーティー)の債務不履行などによって損害を受けるリスク。