なぜ?盛り上がらない受け入れ事業
日本は人類の歴史上、いかなる国も経験したことのない超高齢社会を迎えている。高齢者が増えれば、年金や医療など社会保障費も増加する。また、介護や看護を担う人材も必要となる。とりわけ介護の現場では、すでに人手不足が深刻化しつつある。2014年までに、新たに約50万人の介護スタッフが必要とされるが、その数が確保されるめどは全くない。
そんな中、日本は08年8月、インドネシアから介護福祉士候補者(以下、外国人介護士)と看護師候補者の受け入れを始めた。介護・看護分野では初めてとなる、外国人労働者の受け入れだ。
「候補」とはいえ、来日した外国人介護士らの多くは出身国の看護師資格を取得している経験者だ。彼らを人手不足解消の“切り札”と考える介護施設関係者は多い。
しかし、いざ受け入れが始まってみると、採用に踏み切った施設は少数にとどまった。08年に500人を受け入れる予定だったインドネシア人の場合、実際に来日したのは200人程度。続いて、09年5月に第一陣が来日したフィリピン人も同様、定数の450人を大幅に下回る約270人にとどまった。
なぜ、外国人介護士らの受け入れは盛り上がらないのか。そして、なぜ“今”、受け入れが始まったのだろうか。
外国人介護士の受け入れは経済問題
日本がインドネシアとフィリピンから外国人介護士らを受け入れたのは、両国政府と結んだ経済連携協定(EPA)に基づいてのことだ。まず、2006年に当時の小泉純一郎首相が、フィリピンのアロヨ大統領との間でEPAに合意。当初の2年間で、600人の介護士と400人の看護師を受け入れることが決まった。そして翌07年には、安倍晋三政権(当時)がインドネシアと同様の協定を結んだ。
日本が最初に外国人介護士らの受け入れを決めたフィリピンは、国民の約1割が海外で働く出稼ぎ国家である。日本にも一時、年に10万人近いフィリピン人が出稼ぎにやってきていた。その大半が「興行ビザ」で来日し、本来は禁止されているホステスとして働く女性たちだった。しかし、05年以降、日本政府が興行ビザの発給を厳格化したため、多くのフィリピン人が出稼ぎの道を断たれた。
フィリピン政府にとっても、外貨獲得の大きな手段を失ったのは痛い。そこで日本に求めてきたのが、欧米やアラブ諸国に数多く派遣してきた介護士・看護師の受け入れだった。日本側も、EPAで他の案件の交渉を有利に進めるため、受け入れに応じた。つまり、外国人介護士らの受け入れは、日本の介護現場の事情とは全く関係のないところで決まったのである。
誰の利益に?就労継続への高いハードル
小泉首相の決断に慌てたのが、介護・看護行政を担う厚生労働省である。厚労省は、外国人介護士らの受け入れによって日本人の雇用環境が悪化することを懸念する。そこで、彼らの受け入れに際し、施設側にとって極めて不利な条件を設けた。外国人介護士らを受け入れる際、最も心配されるのが言葉の問題だ。だが、EPAによる受け入れでは、日本語能力は入国条件にはならない。入国後に(今年度からは入国前の研修とあわせて)半年間の日本語研修が課されるだけで、語学レベルに関係なく仕事を始める。施設としては、ほとんど日本語ができない外国人介護士を引き受ける可能性もあるわけだ。
一方で、施設側は金銭的負担も大きい。日本語研修費やあっせん手数料など、外国人介護士たちが仕事を始める前に、1人につき60万円近い費用が必要だ。就労開始後の給料は、たとえ日本語ができなくても日本人と同等でなくてはならない。
しかも、外国人介護士たちは短期間で帰国する可能性が極めて高い。介護福祉士候補者の場合、厚労省が定めたルールによって、就労開始から3年後に「介護福祉士」の国家試験を日本語で受け、1回で合格できなければ仕事を続けることができないからだ。介護福祉士の国家試験は、難しい漢字の長文読解問題が並んでいて、日本人でも2人に1人が不合格になる難関である。
これでは、施設側にとって外国人介護士を採用するメリットは乏しい。サービスを受ける施設入居者にとっても、慣れ親しんだ相手と短期間で別れることになる。現状の制度は、本来は最も優先されるべき入居者の利益にもなっていないのだ。
ビジョンが欠如した介護政策を転換せよ
そもそも、介護福祉士の資格は日本人であれば必要ない。就職の際に資格保有者が優遇されるなどのメリットはあるが、看護師などとは違って、資格がなくても介護の仕事はできるのだ。そんな資格を外国人に限って課すところにも、厚労省の本音が見える。厚労省は、外国人介護士らの受け入れは「人手不足解消のための手段ではない」と強調する。では、何のため、誰のための受け入れなのか。
外国人介護士らの受け入れには、初年度だけで20億円近い税金が使われた。それを喜んでいるのは、“受け入れ利権”を手にした厚労省をはじめとする官僚機構だけだ。
厚労省の天下り先である社団法人「国際厚生事業団」(JICWELS)は、外国人介護士らのあっせんを一手に担うことで大幅に業務を拡大した。一方、経済産業省や外務省の傘下機関も、日本語研修の利権を得た。
外国人介護士らの受け入れは、官民が協力して取り組むべき国家プロジェクトであるはずだ。しかし現実には 官僚機構のエゴばかりが目立つ。現状のまま受け入れを続けていても、海外から優秀な人材を呼び寄せることは難しい。
もちろん、外国人など受け入れなくても、日本人の介護は日本人だけで担うことができればベストだろう。だが、そのための政策と覚悟が、厚労省にあるとはとても思えない。その先に待っているのは、介護が必要でもサービスを受けられない人があふれる“介護地獄”である。
介護の現場に外国人は必要なのかどうか。必要だとすれば、どんな資格で、どれほどの人数を受け入れるべきなのか。そうした議論を、私たちは一日も早く始めるべきだ。