高まる期待と克服すべき課題
09年7月にイタリアのラクイラで開催されたG8サミットでは、50年までに先進国全体で温暖化ガスを80%削減することで合意した。世界の二酸化炭素総排出量の20%を占める自動車は最重要分野である。そこに登場した電気自動車の最大のメリットは、車自体から二酸化炭素を全く排出しないことであり、充電を太陽光発電や風力発電で賄うことにより、ゼロエミッションを実現できる。これが、ガソリン・エンジンを使うハイブリッド車との決定的な違いである。電気自動車はこれまで1970年代と90年代に2度ブームになりかけたことがあるが、普及には至らなかった。その最大の理由は、電気自動車の動力源であるバッテリーの能力不足であった。しかし、最近になり、軽量で強力なリチウムイオン電池が実用化され、電気自動車をエコカーの主役の座に押し上げた。しかも、そのリーダーは、三洋電機、ソニー、パナソニックエナジーなどの日本勢である。
一方、電気自動車普及における最大のネックは価格である。リチウムイオン電池の生産量がまだ少なくコストが高いためだ。そのため、三菱の「i-MiEV」は、軽自動車のサイズながら460万円、国の補助金を使っても320万円になる。量産の進展とともに将来的にはガソリン車と同程度に下がってくるが、それまでの間は公的な支援の継続が必要だ。現在、神奈川県、東京都などの自治体でも独自の制度を設け、電気自動車の普及を支援している。
また、高価なバッテリーを車本体から分けて、使用期間中だけメーカーから借りる(リースする)という方法も考えられている。これで、車本体の購入価格をガソリン車並みに設定し、バッテリーのリース代と充電コストを合わせてガソリン代程度に抑えることも可能になる。
産業構造の変化--スモール・ハンドレッドの時代へ
ガソリン自動車の構造は極めて複雑であり、これまでの自動車産業は、完成車メーカーと部品メーカーの緊密な連携によるピラミッド構造の上に成り立ってきた。しかし、構造的に簡単な電気自動車では部品点数は3分の1程度に減少し、開発コストも削減される。加えて、モーターとバッテリーは汎用性が高く世界中から調達できるので、新規参入がはるかに容易になる。新規参入企業の筆頭は、アメリカのベンチャー、テスラ・モーターズ。会社創立からわずか5年後の2008年前半に、スーパー電気スポーツカー「ロードスター」の発売にこぎつけた。中国でも、携帯電話用電池メーカー大手のBYD社が、03年にBYDオート社(比亜迪汽車)を立ち上げ、08年12月、発電装置付き電気自動車(一種のプラグイン・ハイブリッド車)を世界で初めて発売した。この車は、日本円にして210万円程度という驚異的な低価格を設定している。
日本でも、ユニークな新規参入企業が現れ始めており、電気自動車の登場とともに、自動車産業は、少数の大メーカーが支配する「ビッグスリー」の時代から、多数の小規模メーカーが台頭する「スモール・ハンドレッド」の時代へと移り変わりつつあると言える。
電気自動車時代には、エネルギーの補給方法も大きく変わる。充電は主として自宅や事業所などの駐車場で行われ、航続距離(現在のところ160km程度)の範囲で走行する場合には、ガソリンスタンドに行く必要がなくなる。しかし、長距離ドライブには出先での充電が必要になるため、充電インフラの整備が必須である。
充電時間の短縮も課題だ。現在のモデルでは、家庭用の100V電源による充電時間は10数時間。200Vだとその半分になる。出先では急速充電器を使うことになるが、それでも30分程度かかる。ガソリン車に慣れたユーザーのためには、10分程度に短縮する必要があるだろう。
電気自動車とソーラー発電の相乗効果
低炭素社会実現のためのもう一つの鍵はソーラー発電である。政府は、20年までに発電容量を05年の20倍に増やす計画を発表しているが、ソーラー発電と電気自動車には、大きな相乗効果が期待されている。電気自動車が普及することにより、内部に搭載された大容量バッテリーが全国にばらまかれることになる。「i-MiEV」や「リーフ」の持つバッテリーの容量は普通の家庭で使う電力の1日分を上回るので、昼間ソーラー発電による余剰電力を電気自動車のバッテリーに蓄えておき、夜間に家庭用電源として使うことが可能になる。
さらに、電気自動車の普及が進むと、地域単位で、電力の供給側(ソーラー発電、風力発電、既存の大型発電所、地域の小型発電所)と、需要側(家庭、事業所など)、および、車のバッテリーを接続し、IT技術を使って電力の需給をコントロールするようになる。これが、スマートグリッドの考え方である。
09年にメジャー・デビューを果たした電気自動車は、11年ぐらいには各社の生産台数合計が数万台の規模になる。その結果、町でもよく見かけるようになり身近な存在になるため、普及のペースが加速する。20年には、日本で販売される車の20%以上が電気自動車、あるいは、これから出てくるプラグイン・ハイブリッド車になっているはずだ。