日本はすでにデフレ不況に
2008年の秋口以降、世界経済は未曽有の危機にある。こうした経済危機にあっては、通常の金融緩和政策をはるかに超える金融政策が不可欠である。まず、08年9月に起きたリーマン・ショックの前月以降、日本銀行と、アメリカの中央銀行に相当するFRB(連邦準備制度理事会)のマネタリー・ベースの推移を比較してみよう。
マネタリー・ベースとは、中央銀行が民間部門に供給する貨幣のことで、その増え方が大きいほど金融緩和の程度は大きく、したがって、中央銀行は大不況からの脱出のために積極的であるといえる。
リーマン・ショックの後、FRBはマネタリー・ベースを急増させ、09年9月現在も08年8月の約2倍の水準を維持している。一方、日銀はリーマン・ショック後もほとんどマネタリー・ベースを増やそうとせず、09年5月以降は、まるで不況は終わったかのように、マネタリー・ベースを減らしつつある。
こうした日銀の消極的な金融政策の下で、日本の完全失業率は6カ月連続で上昇し、09年7月には5.7%と過去最悪を記録した。
消費者物価上昇率(生鮮食品を除く)も、リーマン・ショック後から低下傾向を強めていたが、09年3月以降は対前年同月比でマイナスになり、同年7月にはマイナス2.2%にまで拡大した。以上から、日本経済は09年9月現在、デフレ不況にあると判断される。
一方、FRBが金融政策上重視しているアメリカのコア・インフレ率(食品とエネルギーを除いた消費者物価上昇率)は、09年2月には対前年同月比で1.8%であったが、FRBは「今後しばらくの間、インフレ率は経済成長を促し、長期的に物価の安定を維持するに適切な率を下回る可能性がある」と述べて、それまで以上の金融緩和政策を打ち出した。
同様に、インフレ目標政策を採用しているイングランド銀行(イギリスの中央銀行)も、このままでは実際のインフレが目標インフレ率である2%を下回るリスクがあるとして、09年3月に、大々的な量的緩和政策の採用を決定した。
このようなFRBやイングランド銀行の見方からすれば、日本は消費者物価上昇率が対前年同月比でマイナスになった09年3月現在ですでに、「インフレ率は経済成長を促し、物価の安定を維持する上で、低すぎる水準に低下している」と考えるべきである。
内需転換を阻害する日銀
デフレを誘発する日銀の金融政策は、円高をもたらす主たる要因である。それは、実際の為替相場は長期的に見て、貿易財の購買力平価の方向に近づくからである。これを簡単な例を用いて説明すると次のようになる。
いま、まったく性能の同じパソコンが、日本では10万円で、アメリカでは1000ドルで売られているとしよう。このパソコンの価格が日米で同じになる円・ドルレートは1ドル100円である。この「1ドル100円」を、貿易財であるパソコンで測った購買力平価という。
実際の為替相場は、日米の金利差などにも影響されるため、この例における貿易財の購買力平価である「1ドル100円」には一致しない。しかし、それから大きく離れることもない。
次に、近い将来、日本ではデフレのために、パソコンの価格が8万円に低下すると予想されるとしよう。この場合、貿易財の購買力平価は1ドル80円になり、実際の円ドル・レートもそれに近づく。すなわち、円高・ドル安になると予想される。
将来の円高・ドル安が予想されると、外国投資家にとっては、ドルを売って円を買っておき、円が高くなった時にドルに換えることが有利になる。そのため、近い将来、日本でデフレが進むと予想されると、現在では円買い・ドル売りが増えて、円高・ドル安になるのである。
1ドル90円台や100円台前半の円高は、輸出産業の採算性を大きく悪化させる。これは日本の輸出を減らすだけでなく、製造業の海外流出を促す一方、国内旅行から海外旅行への代替を引き起こし、地場産業と観光業に大きく依存する地方経済を疲弊させる大きな要因になる。
過度の円高は、内需中心への転換を阻害する要因でもある。それは、日本の賃金は働く人にとっては高くないとはいえ、過度の円高のため、国際比較すると高くなってしまうからである。
そのため、国際競争にさらされる製造業の賃金は上がりにくくなり、それよりも生産性の低い非製造業では一層賃金は上がらない。賃金が上がらなければ消費は伸びないから、内需産業も成長できない。つまり、過度の円高をもたらすデフレを放置したままでは、内需転換はできないのである。
インフレ目標の設定で不況脱出を
以上から、デフレをもたらす金融政策の下では、内需も外需も総崩れとなり、自立的な景気回復は不可能である。日銀に金融政策を任せていたのでは、日本経済は沈没するだけで、景気が回復するには、世界好況が再び来るのを待つしかない。しかし、2000年代前半のような世界大好況は当分訪れそうにない。そうであれば、金融政策を変えるしかない。
そのためには、まず、イギリスなどのインフレ目標を採用する国にならって、政府が金融政策の目標として2~3%のインフレ目標を設定し、金融政策によって中期的(1年半程度)にその目標を達成することを日銀に義務付けるべきである。
インフレ目標採用国は、1990年代以降、今回の世界同時不況が始まるまでの15年以上もの間、2%程度のインフレの下で3%程度の成長を達成するという高い実績を上げてきたのである。