減反廃止でコメ生産の低コスト化を
日本は今後、高齢化で1人当たりのコメを食べる量が減少する上、人口の減少でコメの消費量はますます減る。コメの需要が減れば米価が下がるが、農家保護のために米価を維持しようとすれば、コメの供給を減らさなければならない。しかし、そのために減反の面積をさらに拡大すれば、国民の食料安全保障に必要な農地資源は減少していく。
農業を保護することと、どのような手段で保護するかは別の問題だ。筆者は、減反を廃止して米価を下げ、その上で、財政によって主業農家に直接支払いという補助金を交付することを主張してきた。それは次の理由による。
減反政策は、米価を高く維持することで、生産コストの高い零細な兼業農家を温存させてきた。さらに、減反に参加した農家には、麦などへの転作奨励金として補助金も交付される。自由民主党が、農家の大半を占める兼業農家を票田としていたためだ。しかし、減反廃止で米価が下がれば、兼業農家は農地を貸し出すようになる。補助金の直接支払いで主業農家の地代負担能力を高めれば、農地は主業農家に集まり、生産コストは低下する。
日本のコメの価格競争力が高まれば、アジア市場にコメを輸出できるようになる。平時にはコメを輸出してアメリカやオーストラリアから小麦や牛肉を輸入し、食料危機の際には輸出していたコメを国内に向ければよいのだ。これまで日本は、コメ農家の保護を理由に外国産米に高い関税を課して輸入を拒んできた。しかし、人口減少時代には、自由貿易こそが食料安全保障の基礎になる。
選挙で変節した民主党の農政
2003年までの民主党のマニフェストは、筆者の考えと同じものだった。01年の参議院議員選挙では、所得保障の対象を「農産物自由化の影響を最も大きく受ける専業的農家」とし、03年の衆議院議員選挙では、「食料の安定生産・安定供給を担う農業経営体を対象に、直接支援・直接支払制度を導入します」とした。つまり、直接支払いの対象を主業農家に限定していたのだ。
しかし、兼業農家の票を必要とした民主党は、04年の参院選でマニフェストから「対象者を絞る」という要素を外してしまう。そして07年7月、「戸別所得補償」の導入を主張した民主党は、参院選で大勝した。07年は、旧自公政権が大規模農家などに限定して補助金を交付する制度を始め、「戦後農政の大転換」と呼ばれた年であり、民主党の「戸別所得補償」は、自民党から対象者を絞らないバラマキと批判された。
09年11月時点で詳細は明らかになっていないが、民主党が2010年度から導入しようとしているコメの「戸別所得補償」は、減反に参加する農家を対象に、生産費と農家販売価格の差を補償するというものだ。
かねてから民主党の小沢一郎幹事長は、外国産農産物の輸入自由化を認めても、国内産農産物の価格を下げて「戸別所得補償」で対抗するという意味で、「関税ゼロでも自給率100%」を主張していた。その前提には減反廃止があったはずなのに、民主党は減反維持に転換してしまったのである。
さらに、「コメの生産費と農家販売価格の差」を補償するという点にも懸念がある。
07年時点でコメ60kg(1俵)当たりの生産費は1万6412円、農家の販売価格は1万2000円程度とされている。本来ならば、販売価格がこれだけ生産費を下回れば生産を続けられないはずだ。実は、生産費の1万6412円のうち、肥料や農薬、農業機械、地代など本当の経費は9400円。残りの約7000円は、農林水産省が農村での他産業(建設業や製造業など)の労賃に労働時間をかけて計算した約5000円の労働費などを足し上げた架空の額なのである。民主党は、労働費の8割しか手当てしないとしているが、農家の所得が現在の水準を上回ることは明らかだ。
従来、減反の補助金(転作奨励金)は「面積」に対して交付されてきた。戸別所得補償ではそれに加えて、減反に参加した農家に「コメの価格」に対する補助金が交付される。減反に参加すれば所得は増えるので、減反は強化されると言ってよい。
零細な兼業農家は必ず減反に参加する。財政からの補てんで米価以上の生産費の水準を保証すれば、米価がどんなに下がっても零細な兼業農家は農業を続けてしまう。これでは主業農家に農地が集まらず、零細な兼業農家を温存してきた農政の繰り返しである。健全な農業を作ることにはならない。
戸別所得補償は「農政トライアングル」崩壊の契機に
ただし、民主党の「戸別所得補償」は、ある程度米価を下げるという点で、農業協同組合(農協)と農家を分離・分断するには一定の効果がある。これまで農政を支配してきたのは、農水族の政治家、農林水産省、農協の「農政トライアングル」である。農家からすれば、米価だろうが、戸別所得補償だろうが、所得さえ保証されれば良い。しかし、米価の水準によって手数料収入が左右される農協は違う。これまで自民党は、補助金を農協に流す代わりに農協に金と票の取りまとめをさせていた。民主党が戸別所得補償で農家をダイレクトに組織することになれば、農協の基盤であった兼業農家との結びつきは崩壊する可能性がある。
ただし、多数の零細農家に直接交付金を渡そうとすると、事務の煩雑さなど行政的なコストは膨大なものとなる可能性がある。これまで行政の下請けの役割を果たしてきた農協を通じて交付するようだと、農協が復権する恐れもある。
コメこそ生産拡大を
減反を維持する一方、民主党は食料自給率の向上を掲げているため、コメ以外の農産物に対しては生産拡大の施策が予想される。しかし、日本の農産物は品質面や量で勝る外国産農産物に日本市場を譲り渡してしまっている。その典型的な例が、国産小麦と讃岐うどんの関係である。品質的に国産小麦はほとんど「うどん」にしか向かず、パンやパスタには使われない。しかし、讃岐うどんの原料は、オーストラリア産のASW(Australian Standard White)という品種である。ASWの「真っ白なうどん」という印象が定着している消費者は、国産小麦で作った黄色を帯びたうどんを、讃岐うどんと認めてくれないだろう。うどんにしか向かない国産小麦は輸出できないため、生産を拡大しても引き取り手がない。在庫が積み上がれば、財政で処分することになる。
これに対して、海外での日本のコメの評価は高い。生産を思う存分拡大して良いのは、輸出の可能性があるコメなのだ。民主党の政策は方向性を間違えている。
減反
コメの価格を維持するため、生産量を調整すること。実際には、作付面積の削減を意味する。慢性的に発生している米価の下落を防ぐ目的で、1971年に本格導入された。調整計画は農協などを通して策定される。参加農家には麦などへの転作を促す補助金が支給されるが、農業就業者の多くを高齢者が占めることなどを背景に転作は進んでおらず、耕作放棄地の増加の一因ともされる。さらに、新規就農者の意欲減退、補助金の財源問題も指摘されている。
直接支払い
国の財政から生産者に直接支払われる助成金や補助金のこと。従来、農家の所得を維持する政策が、減反などによって市場での需給を調整し、価格を維持することで間接的に行われてきたことに対する呼び方。