物価の下落から雇用不安へ
デフレーション(デフレ)とは一般物価が下落し続けることをいう。仮に、デフレでモノの価格が安くなっても、私たちの名目所得(物価の変化を考慮しない所得)が変化しなければ、名目所得で買えるものは増える。このとき、「実質所得は増加した」という。実質所得とは、物価の変化を考慮した所得のことである。
そうであれば、名目所得が変わらない人にとっては、デフレは望ましいことになる。また、デフレになっても、家計や企業が借金を今まで通りに返済できれば問題はない。
しかし、デフレになると、多くの人の名目所得は物価の下落以上に減少し、実質所得は減ってしまう。例えば、労働者の名目賃金を考えてみよう。デフレになると、モノやサービスの価格が下がるため、企業はより多くのモノやサービスを売って利益を上げなければ賃金を支払えなくなる。
つまり、デフレになると企業にとっての実質的な賃金コストである実質賃金は、自動的に上がってしまうのである。そこで企業は利益を確保しようとして、支払い賃金(これは名目賃金)を引き下げたり、コストのかかる雇用(特に正社員)を減らしたりする。
雇用が減って失業率が上昇する状況では、労働市場は企業側が有利な買い手市場になるから、名目賃金はさらに物価下落以上に低下する。こうして、実質賃金の低下と失業の増加が起きる。住宅ローンなどを抱えた家計では、名目賃金が下がれば、ローンの返済負担が増大する。
借金をしている企業も、モノやサービスの価格が下がるため、より多くのモノやサービスを売らなければ借金を返せなくなる。これは、借金の実質的な負担が重くなって、利益が出ないことを意味する。そのため、企業は設備の購入などの投資を控え、リストラにより経費を削減して、何とか生き残ろうとする。
消費停滞からデフレスパイラルへ
実質賃金が下がり、ローンの返済負担が重くなり、失業が増えれば、消費は停滞する。モノやサービスが売れなくなれば、企業の利益はさらに減少する。これは一層の賃金引き下げと投資の減少を引き起こす。消費と投資という二つの内需が減れば、景気はさらに悪化する。企業の利益が減少すれば、それを反映して株価も下落する。住宅や事務所の需要といった建設投資も減少するから、地価も下落する。こうした資産価格の下落(資産デフレ)により、株式や土地を持っている家計や企業が資金を調達するときの担保となる資産の価値が減少する。そのため、家計と企業は資金調達が困難になり、住宅投資や企業投資を抑制せざるを得なくなる。こうした需要の減少により、モノとサービスの価格は一層低下し、一層のデフレになる。
このようにして、デフレは資産デフレを生み、その資産デフレがより一層のデフレを生むというように、二つのデフレは相互に効果を強め合いながら、成長の低下と失業の増加をもたらす。この状況をデフレスパイラルという。
デフレを止めるのは日銀の義務である
アメリカの金融危機を発端とする今回のような大不況では、家計や企業(銀行を含む)は、流動性が高く、かつ安全な短期国債のような資産を保有しようとして、他の資産を売ろうとする。これを「質への逃避」という。「質への逃避」は、社債や株式などの資産の価格を大きく低下させる。家計や企業は安全を手に入れるために、売るべき資産がなくなれば、モノへの支出を減らすことによって貯蓄を増やし、その貯蓄を現金・預金(これらは貨幣と定義される)のような流動性が高く、かつ安全な資産で保有しようとする。このモノに対する支出の抑制と貨幣需要の大幅な増大が、デフレ不況を生み出すのである。
このように、家計と企業(銀行を含む)が、流動性が高く、かつ安全な資産を強く望んでいるときには、日本銀行(日銀)は市中の銀行から短期国債や長期国債、さらに社債などの証券を買い取り、その代金として、日本銀行当座預金(日銀当座預金)を銀行に供給すればよい。
日銀当座預金とは、銀行が日銀に保有する出し入れ自由な無利子の預金である。究極的な安全資産であり、流動性の最も高い日銀当座預金を供給することによって、銀行の安全資産・流動性の需要を十分に満たすことができる。
ありあまるほどの日銀当座預金を保有すれば、いずれは銀行も、金利収入を求めて貸し出しや債券投資、さらに株式投資を増やし始めるはずだ。日銀がさまざまな証券を購入することによってそれらの金利が下がる一方で、民間が豊富な流動性を保有するにつれて、リスクはあるものの、個人投資家や機関投資家は安くなった株式への投資や外貨預金などを再開するであろう。
これによって株価が上昇するため、家計と企業と銀行の財務内容が改善し、円高が修正されるのである。これらはどれも、民間内需と輸出を増大させて景気を回復させ、デフレからの脱却を可能にする。
以上のように、日銀は金融政策によってデフレを止めることができる。ところが今回の大不況下で、日銀は「流動性を供給するだけでは、物価を上げることはできない」と言ってきた。
ここでいう流動性とは、日銀当座預金と日銀券(通貨)のことである。日銀が流動性を供給しても物価が上がらないのは、日銀はインフレになる前に流動性の供給をストップしてしまうことを、これまでの経験から市場が知っているからである。そのため、デフレ期待がなくならず、名目賃金や株価が低迷する一方で、円高になってしまうのである。