今回のアベノミクスの目的は、わが国の経済が長期間にわたるデフレから脱却して、経済がかつての勢いを取り戻すこととされる。
「三本の矢」で経済再生ねらう
実際のアベノミクスの中身は、三本の矢と言われる以下の三つの柱からなっている。1、大胆な金融政策=積極的な金融緩和策の実施により、わが国経済をデフレから脱却させることを目指す。デフレから脱却することで、1990年代からの低迷から抜け出し、わが国経済の再生を実現することを目的とする。
2、機動的な財政政策=有効な財政政策の実施によってわが国の景気を下支えし、わが国経済の復活を円滑に進めることを狙う。財政政策に関しては、老朽化したインフラの保守や大震災などに対する国土保全などの目的を持つ。
3、民間投資を喚起する成長戦略=経済の成長を担う民間企業の活力を高めるため、女性の労働力化や規制緩和などを実施し、わが国経済の実力=潜在成長率を引き上げることを目的として政策運営を行う。
アベノミクスの全体の構図としては、まず、日本銀行が思い切った金融緩和策を実施することで、経済低迷の一つの原因であったデフレから抜け出し、それに積極的な財政出動によって景気に勢いをつけている間に、規制緩和等によって民間企業が活力を発揮できる環境整備を行うことを考えている。それらの政策運営がうまくワークすると、企業収益の上昇が国民の所得を引き上げ、それが消費の拡大につながる。そうなると、さらに企業の収益は拡大して、経済を好循環させることができるとの発想がある。
アベノミクス支える「リフレ論」
経済専門家の中には、アベノミクスに対する賛否両論がある。アベノミクス賛成派の最大の論拠は、日銀の大胆な金融政策によって、わが国経済はデフレから脱却できるとの考え方だ。その基礎になっているのが、ミルトン・フリードマンの「インフレとは、いついかなる場合も貨幣的現象である」という見方だ。フリードマンの論理に従うと、物価水準が継続的に下落するデフレも貨幣的な現象で、市中で流通するお金の量を大きく増加させることによって抜け出すことができるという結論にたどりつく。そうした考え方を、一般的にリフレ論と呼ぶ。安倍晋三首相は「リフレ論」の立場をとり、日本銀行の総裁、副総裁の交代に際して、安倍首相に近い考え方を持つ黒田東彦総裁、岩田規久男副総裁を任命した。そうした首脳陣の交代をきっかけに、日銀は、2013年4月の金融政策決定会合で大幅な資金供給量の増大を柱とする異次元の金融緩和策の実施に踏み切った。「異次元の金融緩和策」によって、為替市場では円安傾向が鮮明化し、5月下旬、円は一時1ドル103円台まで下落した。そうした円安の効果もあり、わが国の株価は、一時、日経平均株価が1万6000円近くまで上昇する局面もあった。
実体経済に関しては、安倍政権の大規模な補正予算もあり、12年11月を底にして緩やかに回復傾向をたどり始めている。今後、補正予算の執行による景気の下支えの効果もあり、わが国経済は緩やかに景気の回復が進むとみられる。
金融政策依存と成長戦略に批判の声
一方、アベノミクスに対して批判的な立場をとる経済専門家が多いことも事実だ。批判論者の論拠には、アベノミクスの金融政策に対する依存度が高いことを挙げる声が多い。わが国のデフレは、単に貨幣の供給量だけによるものではなく、少子高齢化等の社会的要因や、わが国企業の競争力低下などいくつかの要因が絡み合ったもので、金融政策のみで解決できるものではないとの見方だ。また、機動的な財政政策の実施に関しても、わが国の危機的な財政状況を考えると、積極的な財政支出はわが国の財政状況をさらに悪化させ、中長期的には、国債の信用力に致命的な痛手を与えることになるとの予測もある。さらに、アベノミクスの中で最も重要とみられる、成長戦略の内容がインパクト不足との批判は強い。アベノミクスの成長戦略については、今年(13年)4月以降、安倍首相自身が3回にわたって戦略の内容を発表してきた。主な内容は、女性の労働力化や若年層に対する効率的な教育、医療改革、海外からの投資資金等の流入を促進するための「国家戦略特区」の創設などが挙げられる。それらの成長戦略を実行することによって、10年後、わが国のGNI(国民総所得=国内総生産(GDP)+海外からの配当や利息の受け取り-海外への配当や利息の支払い)を現在の水準から150万円増加させることができるとしている。
しかし、発表されている成長戦略の中身のほとんどは、今までにも議論されてきた項目であり目新しいものは見当たらない。また、挙げられた項目をいかにして実行するかについては今後の課題であり、その実現性については不透明な部分が多い。特に、海外の経済専門家や投資家からは、「またお題目に終わりかねない」との厳しい見方が多いようだ。その証左として、13年4月の「異次元の金融緩和策」の効果から円安が進み、上昇を続けていたわが国の株式市場は、5月下旬のアメリカFRBのバーナンキ議長の金融緩和策の縮小可能性についての言及があって以降、為替市場では円が反発して1ドル=90円台の円高傾向になっており、日経平均株価も1万2000円台へと大きく下落している。そうした金融市場の動向によって、経済専門家や市場関係者の一部から、アベノミクスの有効性に強い疑問が投げかけられている。
今後のカギは政権の「本気度」
確かに、為替や株価の動きを見ると、アベノミクスへの不信が出ることは理解できるが、金融市場の大きな振れは、ヘッジファンドなどの投機筋の売買によるところが大きく、一時的な現象とみられる。また、元々、わが国のような規模の大きな経済の状況を変えるためには、かなりの時間がかかることは覚悟しなければならない。実体経済は、今のところ、ドル・円の為替相場や株価の動きに大きく左右されることなく、極めて緩やかであるが回復傾向を続けている。さらに、企業経営者のアンケート調査などでは、「アベノミクスの効果を感じる」との回答が多いことなどを考えると、アベノミクスはそれなりの効果をもたらしていると言えるかもしれない。重要なポイントは、安倍首相が、どれだけわが国の改革を本気で行おうとしているかだ。従来のように、美辞麗句を並び立てたお題目では、わが国の経済を本格的に再生させることは難しい。国内外の人々が期待するように、安倍政権が本気度を示すことが必要不可欠だ。