ガラパゴス化に陥った日本のTPP反対運動
(3)TPP成立を推進する日本政府に加害性の認識はあるか?最近、ノーベル経済学賞受賞のジョセフ・スティグリッツ教授をはじめ国際経済学や発展論分野の研究者が指摘しているのは、TPPそしてTTIPあるいはインドや中国を含むRCEPなどによって自由貿易・投資圏を形成し、参加国の囲い込みをした場合、それが世界GDPの8割に達すると同時に、そこから排除された国をどのように援助し、その不利益を誰が補てんするかという問題である。巨大自由貿易圏から排除された世界の大多数の発展途上国、そして貧困人口はすさまじく不利な状況に置かれるだろう。
いまや、発展途上国の日本を見る目は厳しい。日本でTPPに反対しているのは、多くは業界団体例えば農業団体や消費者団体などで、あくまで自分たちをTPPの被害者と位置付けている。しかし、世界の途上国から見ると、日本はアメリカとともに、抗HIV薬などのジェネリック化を困難にさせる状況を作り出している加害者の先鋒として目に映っている。
世界中でTPP反対の運動は盛り上がっているが、日本の反対運動は孤立していて、世界の反対運動との連帯は薄い。日本で反対運動をしているグループの中には、アメリカでバーニー・サンダース議員やドナルド・トランプ候補がTPP反対を唱えているので、彼らと協働しようと考える者もいる。しかし、彼らは社会主義、愛国主義、アメリカ第一主義など立場は違えど、TPPが実現すれば日本車がさらにアメリカ市場に流れ込んできて、アメリカの労働者の職を奪うことにつながるからと反対しているのであって、日本の苦境には関心がない。
また、アメリカの識者の多くがISDSにも反対しているが、それは日本の反対運動にみられるように、「国民国家の理念」や「民主主義憲法の精神」に反するからではなく、アメリカの法律こそが一番であり、国際貿易係争もまたアメリカで連邦法や州法で裁くべきだとの立場だからである。同様に、EU側もISDSに反対しているが、欧州議会が対案として出してきた投資裁判所制度(ICS ; Investment Court System)を考えればわかるように、国際司法裁判所(ICJ)や国際刑事裁判所(ICC)と同様に国際商事・投資裁判もヨーロッパに拠点を作り、国際問題全体を管理するとの構想が背後にあるのであろう。
このように、世界でのTTP、TTIPなどメガ貿易協定に反対する側は常に、それに代わる代替案や代替構想を用意して、交渉に臨んでいる。日本のように、さしたる根拠もないままにアメリカ追従派が支配する一方で、反対する側はただ反対するだけ、というような国は現代社会では生き残れない。世界シェアに食い込めない日本の携帯電話の不振から日本産業のガラパゴス化が嘆かれたが、日本でのTPP反対運動もまたその誹りを免れないのである。
今こそがTPPを考え直す最後のチャンス
(4)世界のレジームが激変する中で、あらためて日本の国益を考えるTPP最終閣僚会議合意の場となったアトランタ会合を監視するために、会場の別フロアでNGOなどが陣取って意見交換するのだが、私もその場にいた。そこで各国のNGOさらに場合によっては各国の交渉官からも、「日本はほとんどの分野で主張が認められず、利益は何もないはず。知財分野でも日本が不利になるパテント(特許)期間の延長を認め、さらに、唯一有利な自動車でも原産地規則で妥協してしまい、いったいどこにTPP推進の利益があるのか?」と疑問を投げかけられた。沖縄基地問題で隙間風の吹く日米安保上の配慮や、中国封じ込めなどを主張する者もいるだろうが、その程度の問題で国運がかかる貿易交渉で妥協する国はない。永田町界隈からは、TPPとは要するに16年参院選準備のバラマキのための予算確保措置だという声も聞こえた。
日本では、16年9月末から始まった臨時国会で、アメリカに先駆けてTPPの批准が進められる。本家のアメリカでの批准審議が頓挫する中で、日本が先行するのは奇異な感じもするが、与党が圧倒的多数の衆参両院であるから、批准法案が可決するのは困難ではない。
たとえ日本で可決しても、アメリカ次期大統領の再交渉、そして新協定署名後の批准などを考えても、現実にTPPが効力を発揮するのは5年から7年程度後の話であろう。それにもかかわらず、一方では日本は13年の並行協議合意以来、TPPの内容を前倒しですでに実施し始めている。そしてその内容は交通機関や水道などの社会インフラにも及ぼうとしている。
このような状況の中で、日本は本当に自分が置かれている位置や姿勢を理解しているのであろうか? 世界は第二次世界大戦後のアメリカを中心とする国際秩序が崩れ始め、アメリカ自身が国際社会のリーダーとして貢献するよりも、自国中心の保護主義的な方向へ舵を切ろうとしている。それは別に専門家でなくても、テレビでアメリカ大統領選のニュースを見れば、誰でも理解できることだ。TPP問題はそうした状況において、いま日本が生き残りのために何をすべきか考える材料となるだろう。
自由貿易拡大の旗印の下で、実態がわからないまま進められてきたTPPなるものを、政府の各省庁、産業界、学界、マスコミそして何よりも国民一人ひとりがここで立ち止まり、これが本当に日本の国益と国民益になるのか、真剣に考えてみる必要がある。それにはTPP批准がアメリカの都合で停滞している今こそが、最大のそして最後のチャンスなのである。