はじめに――容易ではないカジノオープンへの道
ホテルやショッピングモール、大型の会議場などとカジノを組み合わせた統合型リゾート(IR ; Integrated Resort)設置を推進する、いわゆる「IR推進法」(以下、本稿では「カジノ推進法」)が、会期延長の末、議員立法の全会一致等の慣行を踏みにじり、さらには衆参合計30本以上の付帯決議を付して可決・成立した。自由民主党議員による般若心経の読経も飛び出した衆議院内閣委員会での6時間に満たない審議は、推進派も“異常”と表現し、成立後の国民世論の反対の高まりに見るように、カジノ合法化へのハードルを逆に高める結果になったと言える。今回成立した「カジノ推進法」自体は、IRの整備推進に必要な法制上の措置を1年以内に講じるよう、国の責務を定めたものである。3月24日に首相を長とする整備推進本部が発足しているが、そこでの議論を踏まえて今秋の臨時国会で新たに「IR実施法」が上程され、18年の通常国会での可決が見込まれている。
「実施法」成立以降に、国による設置区域指定と、それを受けた指定区域における事業者選定が進んでいくことになるが、今回の付帯決議で設置区域住民の合意の形成の重要性が強調されたように、カジノを含むIR(以下、本稿では「IR型カジノ」)がオープンするまでの道のりは容易ではない。
今回の「カジノ推進法」の拙速・強引な成立に関しては、トランプ大統領との“密約”など様々な憶測がなされている。16年11月には、マレーシアのカジノ企業ゲンティンが日本のカジノ投資に経営資源を集中するため、韓国済州島でのIR投資から撤退する決定を行っているが、国会審議でも日本進出をもくろむ外国カジノ企業から最後通知的圧力があったという指摘もなされた。確実なのは、「カジノ推進法」成立に対して、カジノ産業の業界団体であるアメリカゲーミング協会(AGA)が「日本の政治家を教育してきた長年の努力の成果」と声明を出したように、日本市場の開拓を目指した外国カジノ企業のロビー活動の賜物だということである。カジノ運営大手、メルコクラウンのローレンス・ホー会長が「この値千金のチャンスに、何としても勝利する」として、投資額に上限を付けないアピールを行い、同じくカジノ運営大手であるラスベガスサンズのシェルドン・アデルソン会長が「シンガポール進出はウォームアップだった」と述べるように、今、外国カジノ資本の日本市場に向けての「皮算用」は最高潮に達している。
カジノ推進派は、今後、カジノ合法化を前提にしたカジノ実施の制度的・実務的問題の審議に誘導していくと思われるが、カジノ合法化に伴う深刻な諸問題の具体的議論はほとんど先送りされたままであり、さらには様々な「皮算用の危うさ」が明らかになっている今、あらためて、本当に経済的効果があるのかを含めてカジノ合法化の是非という根本問題に立ち返った議論が必要である。
問題点その1. 経済的効果の大きさで刑法の違法性は回避できる?
国会審議で浮き彫りになったのは、IR型カジノの経済的効果によって、「民設・民営・営利」のカジノであっても刑法185条等の「賭博禁止」の違法性を否定できるという論理の「破綻」であった。すでに日本で行われている競輪・競馬等の賭博は、「公設・公営・公益」の要件を満たすがゆえに、違法性を否定できるとされてきた。このため、当初は「公設カジノ構想」も検討されたが、外国カジノ企業の要求を満たすため「民設・民営・営利」でのカジノ合法化に転換したと言われる。しかし、このカジノ合法化の試みは、「お台場カジノ構想」から「経済特区カジノ構想」も含めて、「民設・民営・営利」のカジノでは刑法35条(法令又は正当な業務による行為は、罰しない)で定められた違法性否定の要件を満たすことができないとして頓挫してきた。
それは、法務省が刑法35条の違法性否定の条件として示した、(1)目的の公益性(収益の使途を公益性のあるものに限ることも含む)、(2)運営主体等の性格(官又はそれに準ずる団体に限るなど)、(3)収益の扱い(業務委託を受けた民間団体が不当に利潤を得ないようにするなど)、(4)射幸性の程度、(5)運営主体の廉潔性(前科者の排除等)、(6)運営主体の公的管理監督、(7)運営主体の財政的健全性、(8)副次的弊害(青少年への不当な影響等)の防止、の8項目に照らせば当然のことであった。
しかし、推進派は、「会議場施設、レクリエーション施設、展示施設、宿泊施設その他の観光の振興に寄与すると認められた施設」と一体となったカジノは、「民間業者が設置及び運営する」場合でも、その経済的効果の大きさゆえに刑法の違法性を否定できるとして「強行突破」を図ってきたのである。
例えば、国会審議では上に挙げた要件の一つ「目的の公益性」について、「観光、地域経済の振興、財政の改善に資する」ことは「明らかに公益の目的」を満たすとされた。雇用の増大や納税、そして観光振興を通じた地域経済への貢献などの「経済的効果」こそが、すなわち「公益性」だという論理であり、「そんなことを言ったら、税金を上げるビジネスをやっている人はみんな公益性がありますよ」(民進党の緒方林太郎議員)という指摘通り、民間の営利活動と公的な活動の質的区別がつかなくなってしまう。
「経済的効果の大きさ=公益性」という論理の矛盾
IR内の施設と一体になったギャンブル施設として経済効果を発揮すれば違法でなくなるというのならば、パチンコもIR内に設置すれば合法となってしまう。さらに極論すれば、IRという装いをまとわなくても単体のカジノでも経済効果が大きければ合法ということになるはずだ。「基本法である刑法が賭博を犯罪と規定している趣旨それ自体を没却」し、「法秩序全体の整合性を害する」(民進党の小西洋之議員)事態を招く論理なのである。この「経済的効果の大きさ=公益性」という論理は、大きな矛盾を生み出さざるを得ない。すなわち、第一に、量的区別として巨額の投資や収益から派生する経済的効果の大きさが公益性を担保するものとして強調されるほど、地方型IRのハードルは高くなるだろう。大都市部では1兆円規模の投資や収益が強調されているが、これと同規模の経済的効果を地方で求めるのは無理である。今後、地方型IRに適合した別基準を定めざるを得ないが、この結果、「経済効果の大きさ=公益性」という論理も必然的に破綻する。
第二に、経済的効果の大きさを強調するほど、「射幸性の程度」や「副次的弊害の防止」に関する厳格な規制が困難になる。在日米国商工会議所は、求められる経済的効果を発揮するためには、日本のIRがアジア地域のIRに対しても十分な競争力(収益力)が得られるようにすることが必要だという。そのため、カジノ収益に対する課税を10%以下にするほか、24時間365日の営業や、施設内での金融サービスの提供、入場料徴収をしないことなどを要求している。
アメリカでは、カジノ収益の大半はギャンブル依存症者に依拠しているが、賭け金額に上限を設けるなどの射幸性の制限や、欧州型の厳しい規制は、収益性を大きく損なうことになる。「運営主体の廉潔性」「運営主体の公的管理監督」「運営主体の財政的健全性」などの要件は、カジノ管理委員会による厳格な規制監督で可能になったとしても、「収益の扱い」も含めた他の要件は、到底IR型カジノでは満たすことができないのだ。
問題点その2. 本当に経済的効果は大きいのか?
IR型カジノによって国際観光業の競争力強化につながるという根拠の「虚構性」も明らかになってきた。シンガポールのIRによる国際観光客急増が成功モデルとして繰り返し挙げられてきたが、日本の国際観光客の実績はIR型カジノ無しでもシンガポールを大きく上回っている。IR型カジノが必要不可欠という根拠(立法事実)そのものが存在しないのである。