またIR型カジノで国際観光客、とりわけカジノ客が増大するという主観的願望が繰り返される一方で、カジノ企業向けセミナー等では、日本人の所得と金融資産だけでマカオ以上の収益が期待できると説明されていることが審議で明らかにされた。例えば、香港の投資銀行CLSAは、17年2月に250億ドルという日本のカジノ市場規模の推計を出しているが、根拠は日本の経済規模の大きさと日本人のギャンブル支出の推計のみである。
IR関連の情報サイト「カジノIRジャパン」を運営する小池隆由氏は、日本人が中国人並みにカジノで「消費」すれば(GDP比で0.45%)、2.2兆円のカジノ収益が生まれるとして「カジノは日本のとくに富裕層の個人金融資産の一部を吸い上げる事業です。日本にとって個人金融資産の蓄積は最大の経済資源であり、その一部を開発するわけです」(東洋経済ONLINE 14年7月2日付)と述べている。日本に進出してくる外国カジノ企業からすれば、国際観光客(カジノ客)は、外国為替相場や外国政府の政策などによって影響を受ける「変数」であり、「定数」としての日本市場だけで高収益が獲得できると見込んで巨額投資を行うのである。ラスベガスサンズは投資家向けに12年以来154億ドルを配当等で投資家に還元している実績をアピールしているが、投資規模を誇張するほどカジノ企業が日本の家計金融資産から吸い上げる金額が大きくなることを意味する。
マカオのカジノ市場はピーク時から40%減の縮小に直面しているが、それに対してカジノ推進派はVIPに依拠した市場からミドルクラスをターゲットにしたマス市場への移行が進んでいるためだ、という。このことは、VIPギャンブラーの獲得が困難になっており、日本のIR型カジノが外国ギャンブラーで高収益を上げることができるという根拠が崩壊したことを示している。
例えば、ラスベガスサンズによればマス市場でのギャンブラー1人あたりからの収益は500ドル程度でしかない。ましてや国際観光客が来日ついでに夜の楽しみとしてカジノ・ギャンブルを行う程度では、想定された高収益は不可能である。結局、日本のカジノ収益のほとんどは日本人のポケット頼みということになる。
また、カジノ収益への課税も不透明なままだ。カジノ推進法では「納付金」を「徴収できる」という表現であり、「徴収する」という義務付けや、そもそも「負担率」をどう定めるのかは曖昧なままに先送りされてしまった。在日米国商工会議所は、カジノ税10%以下と同時にカジノ収益に消費税を適用しないことを求めているが、本来は消費税が課されるはずの消費がカジノに吸収された場合、税収はネットではほとんど増大しない可能性がある。
文化や観光資源の保護にもカジノ収益が活用されるというが、税収が乏しいうえに様々なインフラ整備や依存症対策費等の社会的コストが公的部門に転嫁された場合、財政の改善に資するということもあり得なくなる。つまり、そもそも公益性を担保する経済的効果が存在し得ない可能性があるのだ。
問題点その3. 世界最高水準の対策で依存症を最小限に?
さらに「世界最高水準」または「グローバル・スタンダード」のギャンブル依存症対策の導入が強調され、その成功例としてシンガポールでの問題ギャンブラー等の減少が成功事例として繰り返された。しかし、それにもかかわらず「カジノ推進法」自体には、カジノ管理委員会設置の義務付けはあっても、シンガポールNCPG(The National Council on Problem Gambling ギャンブル依存症対策審議会)のような依存症対策機関設置の義務付けはなされないままである。当初は、法案自体に「ギャンブル依存症」という用語すら存在せず、修正でカジノ利用による問題として「ギャンブル依存症」が条文上明示されたが、それでも既存のギャンブルが原因のギャンブル依存症対策は条文上の義務がないままである。付帯決議で既存のギャンブルによる依存症対策の強化が謳われたが、現在提案されている「ギャンブル等依存症対策基本法」は、国と地方自治体に対し基本計画を策定して推進することを義務付ける、既存の枠組み内での取り組み強化に過ぎず、かつアメリカ流の「責任あるギャンブル」をベースにしたものであり実効性が乏しい。
アメリカゲーミング協会は、ギャンブラーがギャンブルの予算や回数、時間等を自己管理する自己責任を原則にした依存症対策の有効性を強調するが、アメリカの依存症率は改善されておらず、カジノ近隣の住民ほど依存症になる確率が高まることが明らかにされている。
また、ギャンブルをしない状態への「治癒」の可能性をもって、事後的な依存症対応の有効性が強調されている。しかし、「否認する病気」「巻き込む病気」と呼ばれる依存症は、自らが依存症と自己認識して治癒に取り組むまでに長期の時間がかかる。その間に自らの財産を費消し、家族や友人を犠牲にし、自らの健康を害し、果ては犯罪にまで至り得る病なのだ。その果て(ボトム)に辿り着いたのちに「治癒するから問題ない」とは到底言えないだろう。
実際、シンガポールの依存症対策の成功は、市民にカジノ・ギャンブルをさせない政策による部分が大きい。市民のカジノ参加率は11年の7%から14年には2%に減少する一方、自己排除プログラムでカジノ立ち入りを制限された市民は32万人を超えている。シンガポールNCPGは市民のカジノ訪問回数の制限にまで乗り出しているが、こうした市民にカジノをさせない政策は、カジノ収益そのものがシンガポール市民以外の外国客に依拠しているから可能なのである。
日本におけるIR型カジノは、それとは逆に「家族みんなで楽しめる」という宣伝に象徴されるように、家族をターゲットにし、国民全体をギャンブルに巻き込んでいくビジネスモデルである。そこで提供されるギャンブルは、既存の競輪・競馬やパチンコ等のギャンブルと比較して、射幸性が高く、かつ24時間365日制限なくギャンブル漬けにするものであり、より依存症を誘発する危険性の高いものとなる。
アメリカでは、カジノ合法化州の広がりで、女性におけるギャンブル依存症が深刻化したとされるが、新しいギャンブル市場の創設で、日本でもより多くの依存症者が生まれる危険性が高い。そしてそれに対する規制は、経済的効果の発揮の優先という大きな制約が課されるのである。
終わりに――今後の審議の落とし穴
このような皮算用の危うさを隠すために、今後も具体的内容は先送りされながらの議論が続くことになると思われる。冒頭で述べたように、「実施法」策定後に、設置区域(自治体)が指定され、カジノ企業の選定やカジノの規模や税率その他の具体的内容が決まり、その経済的効果と社会的コストの比較検討が具体的に評価できるようになる。しかしそのときに、受け入れ地域がその是非を判断できる「住民投票」などの民主的手続きが「カジノ推進法」には欠けている。16年11月、アメリカのニュージャージー州北部でアトランティックシティに「代替」するカジノ合法化を行おうとしたが、住民投票で否決された。このように、最終的に受け入れ地域の住民が判断する仕組みが重要である。
最大の皮算用の危うさは、たとえ日本市場をターゲットにした場合でも、外国カジノ企業が期待するような高収益のカジノ収益が実現するかということであろう。日本の富裕層やミドルクラスは期待されるほどギャンブルに資産を費消するだろうか。日本のカジノは高収益を生み出すという想定が外れた場合、かつてのリゾート開発の失敗の再発という事態にもなり得る。同時に、IR型カジノ設置自治体を巻き込んで、日本人全体をギャンブル漬けにしていくような、猛烈な宣伝等の取り組みが行われていくことになるだろう。それはどちらにしても日本にとって悲惨な選択としか言いようがない。「実施法」以降への問題先送りを許さず、「実施法」阻止のための取り組み強化が必要と言える。