送電料金を通じた「賠償・廃炉費用」の国民負担
東日本大震災に伴う東京電力福島第一原発の事故から6年あまり。政府は、2017年4月までに福島県内の4町村に出していた避難指示を解除し、これで、11市町村、約8万1000人に出されていた避難指示のうち約7割が解除されたことになる。だが、「フクイチ」の現場では依然、廃炉の具体的な道筋すら見えず、巨額の被害賠償についても多くの課題が山積したままだ。16年12月に行われた経済産業省の有識者会議「東京電力改革・1F問題委員会」(以下、東電委員会)に提出された資料によれば、東電福島第一原発の事故に関し、廃炉や事故処理、損害賠償などのために確保すべき資金の総額は約21.5兆円。ただし、その根拠は明確に示されておらず、今後、この数字が更なる上振れをする可能性は否定できない。
この巨額な費用を「誰が」「どのように」負担すべきなのか? もちろん、本来なら「事故を起こした事業者」である東京電力が負担するのが当然だろう。しかし、実際には、東京電力の存続や、原子力発電そのものの救済・延命のため、それらの負担を国民全体に転嫁するための「新たな仕組み」作りが、前記した「東電委員会」などの議論を通じて進められている。
なぜ、東電や原発を救済する「新たな仕組み」が必要になったのか。その理由は、現在進められている「電力の自由化」だ。東京電力などの一般電力会社が「地域独占」の形で発電・送電・小売りまでを手掛けていた従来の電力事業では、電気の小売料金、つまり「電気代」は、燃料費や発電施設の減価償却費、人件費といった、事業に必要な「営業費」に「事業報酬」などを加算した「原価」を基に定めることになっていた。これを「総括原価方式」という。
このため、これまで、電力会社は原子力発電の保護、延命のために必要な追加的な費用を「原価」に含まれる「営業費」として計上することで電気代に転嫁し、広く国民に負担させることができた。だが、発電と小売りに関して新規事業者の参入を可能にした「電力の自由化」で、この「地域独占」の前提が失われ、電力料金決定の「総括原価方式」も2020年で廃止されるため、それに代わる「新たな原発の救済・延命策」が必要となったのである。
そこで、政府が目を付けたのが、原発の廃炉費用の一部、及び福島第一原発事故の処理費用、賠償費用の一部を「託送料金」、つまり送電部門の料金を利用して回収するという方法だ。電力自由化後も「送電」だけは従来の電力事業者による「地域独占」の形が残る。そのため、新規参入も含めたすべての電力事業者が支払う「託送料金」に関しては、従来と同じ「総括原価方式」で決められることになっている。この託送料金の元となる「原価」の中に、福島の原発事故の処理費用や賠償費用を乗せてしまおうというわけである。
「託送料金」にこれらの費用を転嫁する仕組みが認められてしまえば、原子力・火力、水力、再生可能エネルギーなど、使用する電源の種類、発電方法の違いにかかわらず、全ての電力事業者は送電料金の形で原発事故のコストを一部、負担せざるを得ない。そして、それは結果的に、各事業者の電力の小売価格、つまり「電気代」という形で、電力自由化後も全ての国民に転嫁され続けることを意味している。
「託送料金」で「過去分」まで国民に負担させる
福島原発事故の「賠償費用」を例に、具体的に見てみよう。2016年12月の東電委員会で示された資料によれば、事故に関して確保すべきとされる資金は全体で約21.5兆円。賠償費用は、従来の5.4兆円から7.9兆円へと、2.5兆円増加している。そこで注目したいのが、そのうちの3.8兆円を確保する方便として出てきた「過去分」という議論だ。
順を追って説明しよう。福島第一原発の事故が起きた2011年に、今後の原子力事故や廃炉のための備えとして、以前から存在していた「原子力損害賠償法」に加えて、新たに「原子力損害賠償支援機構法」が制定された(その後、14年の法改正によって「原子力損害賠償・廃炉等支援機構法」に名称変更)。それ以来、原子力事業者は毎年、一定額を「一般負担金」として原賠機構に納付することになっている。
ところが、経産省の有識者会議である「電力システム改革貫徹のための政策小委員会(貫徹委員会)」で経産省は、「本来、こうした万一の際の賠償への備えは事故以前から確保されておくべきであった」が、そうした制度がなかったため料金原価にも含まれておらず、「相対的に安価な電力を全需要家が享受していた」と言い出した。要するに、あなた方がこれまで使ってきた電気は、本来必要な経費を算入していない安いものでした、というわけだ。だから、2011年以前の「過去分」に遡って、本来、積み立てておくべきだった原子力事故の賠償費用3.8兆円を広く国民の負担とし、電力自由化後は2.4兆円分を、2020年以降「託送料金」を通じて回収します、と言うのだ。
こんな理屈が資本主義社会において通用するだろうか? 仮に「過去に売った商品」がトラブルを起こしたからといって、その「賠償」に必要な費用を「過去分」に遡って消費者に負担を求めることができる……という話など、聞いたことがない。これまでさんざん「原子力は安くて安全なエネルギーだ」と主張しておきながら、今さら「電力受益者の公平性の観点から」という理由で、過去50年分も遡って算定した賠償費用の負担を、将来の電力受益者に押し付け、しかも「原子力以外」の電力事業者も支払う「託送料金」から回収すべきだというのは「屁理屈」としか言いようがない。
廃炉・汚染水処理費用8兆円の原資の一部も結局「託送料金」?
一方、やはり、昨年12月の東電委員会で「約8兆円」と見積もられた福島第一原発の「廃炉・汚染水処理費用」に関しても大きな問題がある。こちらは表向き「東京電力が負担する」ことになっているのだが、東電は発電・送電・小売りに分社化されており、その全体を持ち株会社(東京電力ホールディングス)が束ねていて、原発部門は東電ホールディングス傘下にある。このため、8兆円の廃炉・汚染水費用をそのまま計上すれば、あっと言う間に持ち株会社が債務超過に陥ってしまう。そこで、東電がその費用を外部の「原子力損害賠償・廃炉等支援機構」に毎年積み立てるという仕組みが作られた。問題は、その「積み立て」のための原資を東電が「どこから確保するのか?」という点だ。普通に考えれば、東電の事業を構成する発電・送電・小売りの各部門からの「利益」が東電ホールディングスに配当され、その一部が「原賠機構」への積み立ての原資となるだろう。ただ、「送電部門」の利益は主に送電線使用料(託送料金)から来る。経産省は、送配電事業の合理化努力部分を優先的に廃炉・汚染水費用に充当するとしている。しかし、経営合理化を進めることで生まれた利益は、東電管内の消費者に値下げという形で還元すべきものだ。つまり、これは事実上の託送料金の値上げといえる。
なお、2017年6月8日に、東京電力と中部電力は、両社の既存火力部門を統合することを決定した。原発事故を起こしていない中部電力側は、「福島第一原発の廃炉費用」の負担について懸念を示し、共同出資会社JERAの成長資金を確保すること、配当ルールを設けること、を決めたという。ただし、今後、JERAからの配当による廃炉・汚染水費用積み立てが過小になるような場合、相対的に、東京電力の「送電部門」の負担比率が高まる可能性がある。
「東電維持」の前提が歪ませる「原発のリスク」
そもそも、東電委員会の資料で示された「廃炉・汚染水費用」約8兆円という数字自体に、具体的な根拠など何もない(そのため、この有識者会議を開いた経産省も、これらの数字を『経産省として評価したものではない』としている)。