ましてや役員報酬や株主配当という新たなコストも発生しています。利益を出すにはさらなる値上げ、もしくはサービスの低下が起きるでしょう。
──実際に値上げの事例はあるのですか?
橋本 たくさんあります。たとえばフランスのパリ市では、1985年に民営化され2008年までで174%値上がりしました。イギリスでも、定められた料金帯の上限まで値上がりしました。凄まじいのが南米ボリビアのコチャバンバ市の事例です。1999年に民営化され、上限いっぱいまで値上げした結果、月100ドルの収入しかない貧困層に20ドルもの水道料金を課し、払えない家庭には水供給を停止したことで、市民の反対運動がついに暴動に発展し、2000年4月には6人が死亡したほどです。同様のことは、ベルリンやクアラルンプールでも起きました。
──民営化で逆に値下がりすることは難しいのでしょうか?
橋本 「民間企業同士の競争によって値下げやサービス向上」と言われますが、水道事業は地域において一社独占になりますから、そのようなことはむずかしいでしょう。
水道民営化によるデメリットとは?
──値上げの他にもデメリットはあるのでしょうか?
橋本 会社にもよりますが、水道サービスの悪化です。アメリカのアトランタでは、1998年に民営化されてから、基準値までの浄化を行わなかったために水質が悪化しました。2003年に再公営化されています。
そして、もう一つある問題は、経営の不透明さです。ひとたび民営化されると、一つの会社が20年、30年という長期にわたって運営するために情報が隠蔽(いんぺい)されがちになります。たとえば、パリでは民営化時には、営業利益は7%台と報告されていましたが、その後2010年の再公営化で帳簿を調べると、じつは15%から20%もあったことや、税金も払っていないことが明らかになりました。利益の多くは役員報酬に回されていたんです。
──再公営化という言葉が出ましたが、民営から再公営に戻す動きは多いのでしょうか?
橋本 2000年から2014年の間に世界で180件が再公営化されています(「世界的趨勢になった水道事業の再公営化」https://www.tni.org/files/download/heretostay-jp.pdf)。パリ、ベルリン、ジャカルタ、アトランタ、コチャバンバなど。パリでは再公営化で水道料金が8%下がりました。やはり市民からの反対の声が上がり、最終的には議会に諮られ、自治体が再公営への決断をしたということです。
──でもまだまだ民営化されたままの地域が多いのですか?
橋本 外資が海外で水道事業を展開するときは、先に述べたコンセッションという公設民営方式を採用します。つまり、施設の設計や建設のすべてを担う完全な民営化ではなく、水道管や施設は公有のままで、その施設の運営権を民間に委ねる方式です。フランスではまだ多くの自治体でコンセッションが行われています。ですが、アフェルマージュという企業の関与を少なくした手法への転換、委託期間の短期間化が起きています。
ただし、再公営化は簡単ではありません。譲渡契約途中で行えば違約金が発生するし、投資家の保護条項に抵触する可能性も高い。ドイツのベルリン市では受託企業の利益が30年間にわたって確保される契約が結ばれていました。2013年に再公営化を果たしましたが、企業から運営権を買い戻すために13億ユーロという膨大なコストがかかりました。
また、ブルガリアのソフィア市では再公営化の動きがあったものの、多額の違約金の支払いがネックとなってコンセッションという鎖に縛り付けられたままです。
世界では再公営化の流れにあるのに、どうして日本では民営化なのか?
──水道事業の民営化といっても、日本の水道事業を狙う外資はいるのですか?
橋本 フランスのヴェオリア・エンバイロメント社(以下、ヴェオリア)とスエズ・エンバイロメント社(以下、スエズ)は水道事業の2大巨頭です。ヴェオリアは四つの事業会社(水、エネルギー、廃棄物処理、公共輸送)のコングロマリットで、グループの売り上げは年間3兆円を超えます。そのうち、水道事業は世界約100カ国で展開し、約1兆円を売り上げています。スエズは上下水道事業を130カ国で展開しています。
ヴェオリアの日本法人は運営を任されるのではなく、単なる事業委託という形で、2006年に埼玉県と広島市で下水道維持管理の包括委託を34億円で受注し、2007年には、千葉県での下水道施設や大牟田市(福岡県)と荒尾市(熊本県)での上水道の施設運転の契約を結ぶなど、既に日本で活動していますが、いよいよ、運営ということで日本を狙うグローバル企業が現れました。ヴェオリアだけでなく、スエズやアメリカン・ウォーター・ワークスも動いているとされています。
世界規模で水道民営化・コンセッションをリードしてきたのは、前述の2社の他、フランスのSAUR、ドイツのRWE、スペインのアクアリア、アメリカのユナイテッド・ウォーターなどがあります。
──グローバル企業が日本を狙うには何か理由があるのでしょうか?
橋本 2013年4月19日、麻生太郎財務大臣が、アメリカの保守系シンクタンク、CSIS(戦略国際問題研究所)での記者会見で、「日本の水道をすべて民営化する」と発言したことが大きい。自由民主党は以前から水道民営化を推進しようとしていましたが、この発言でグローバル企業がやる気になったと思います。
──日本でもコンセッション方式で民営化されるとのことですが、麻生大臣の言うようにすべての公営水道が民営化されてしまうのでしょうか?
橋本 いえ、そうはなりません。企業は利益を上げなくてはならない存在です。企業が利益を上げるには給水人口が多く、今後の人口減少が少なく、施設の老朽化も進んでいない自治体がターゲットになります。たとえば、最低でも30万人規模の給水人口のある自治体です。現在、その規模の水道事業を有する自治体は日本には66あり、外資はここに照準を合わせることになります。
──では逆に言えば、給水人口が30万人以下の水道事業に外資は乗ってこないのですか?
橋本 ペイしませんから対象外になります。
──しかし、たとえば、給水人口の少ない事業を合併し、広域化すれば乗ってくる可能性もありますか。