政府への不信から生じるユニバーサリズム
以上、4つのファクトからみえる大阪維新の会による財政運営の特徴は、「既存の政治的資源配分システムへの攻撃と破壊」に換言できるだろう。その具体的手段が、公務員組織の縮減や委託事業構成の変更などの形であった。
そして、大阪市の新興住民や浮動票という「組織されていない人々」に対して、従来の政治的利益配分の「不平等」性を強調することで、大阪維新の会は強固な政治的支持を取り付けたと考えられる。
滋賀県立大学教授の丸山真央(まさお)氏が分析するように、この政策パッケージは、例えば従来の大阪市政において政治的資源配分の受け皿であり選挙における集票を担ってきた、「社会的弱者」や「草の根保守」といった組織化された人々への攻撃でもあった。
大阪維新の会が行ってきた政策の特徴として、上記の財政分析では指摘しなかった点がもう1つある。それは、分配デザインにおける「ユニバーサリズム」である。
ユニバーサリズムとは所得や資源の再分配において、所得制限や受給条件を設けず全ての国民に同レベルのサービスや現金などを給付するという考え方である。一般に、北欧など高福祉高負担の国で採られる再分配のデザインの特徴とされる。ユニバーサリズムは、「困っている人」など特定の受益集団を設定せず、社会のメンバー全員を平等に扱うことで、政府への信頼と高負担への同意を取り付ける分配のデザインといえる。
北欧など政府の信頼を前提とした「大きな政府」の分配デザインである「ユニバーサリズム」が、政府の非効率性や、政府そのものへの不信を背景に政治的支持を取り付けてきた大阪維新の会とどのようにつながるのか。注目すべきは、ユニバーサリズムが社会における階層や集団間の差を調整するというより、個人にアプローチすることで政府への信頼を取り付けている点である。
大阪維新の会は、2016年の乳幼児医療費助成制度において、12歳までの医療費補助の対象に関する所得制限の撤廃を進めている。また、2020年にはコロナ禍における経済的困窮に対応するという名目のもと学校給食費の無償化が実施されたが、この際にも所得制限を設けない、ユニバーサルな形での提案がなされた。この所得制限を設けない分配に対して、むしろ反対を述べ、選別的な分配という「古い理念」から批判を行ったのは、自民党の大阪市議会議員であった(2020年3月24日大阪市定例会常任委員会)。
大阪維新の会は、先にも述べたように従来の政治的な資源配分構造を批判することで成功した政党である。このため、彼らが行う資源配分政策はターゲットを決めた選別的な分配でなく、組織されていない「個人」を対象にする必要があった。
北欧諸国における政府への高い信頼を背景とした再分配と、公的部門への攻撃によって政治的支持を獲得した大阪維新の会は、政府に対する個人からの信頼の獲得という点で奇妙な一致をみるのである。
また、この論考では十分取り上げなかったが、国政における日本維新の会が、主要政策の1つとして、既存の社会保障の解体と頭割りの再分配であるベーシックインカムを主張するのも、上記のようなこれまで大阪維新の会が実施してきた政策傾向と結びついているものと考えるべきではなかろうか。既存の社会保障や再分配を既得権益と置き、それを「リセット」し「公平にユニバーサルに分配する」手段として、日本維新の会が主張するベーシックインカムは、これまで大阪で行われてきた政策の延長線の上にあるとみるべきであろう。
既存の利益集団から分配を剥ぎ取ることと、個別の集団に関係ないユニバーサルな分配をデザインする手法は、従来の地域団体や社会的困窮層といった「集団」や「階層」に属していない、外側から来た新興住民層の支持に結びつく。大阪維新の会の支持が、タワーマンションの建設が進む大阪中心部、比較的大阪市在住歴が短い人々が住むエリアにおいて高い実態は、上記の仮説を補強する。
その点で、大阪維新の会が行った政策手法は、“大阪特殊の問題”ではなく、日本や世界の他の都市財政・政治にも波及する特徴を持っていることをあわせて指摘しておきたい。
最後に一点触れておきたいのは、財政とは本来多様な利害を持つ集団と個人の間において資源を配分することで利害調整を図るシステムであるということである。以前からある集団や階層を既得権益として排除し、そこから資源を引き上げて、メンバーに頭割りに配れば、公平平等な分配が達成されて一見、問題が解決したように思いがちである。しかし、社会における人々のニーズや困難(「リスク」)は、本来複雑で個別具体的なものである。
既得権益とされる集団や組織には、本来、個人の特定の利害や利益を集める「レンズ」の役割がある。このレンズに集まった「リスク」に対応するように、資源を配ることは、「レンズ=集団」の外にいる人々からは無駄と映るかもしれない。しかしそれは、複雑化した社会の困難への対応を図る上で、必要な複雑さかもしれない。
集団への分配を既得権益と批判し、ユニバーサルに分配すれば即座に問題が解決するような改革方針は、利害調整が本来「複雑」で妥協的であるという事実を無視していないだろうか。新旧の集団と個人間の利害構造から起きる対立を、いかなる分配のデザインのもとで調整するかは、なお、大阪市という都市財政の運営において課題として残されていることを指摘しておきたい。
※本稿は、拙稿「大阪維新の会による大阪市財政運営の実態――人口一人当たり歳出・歳入データを用いた他都市比較による分析」(『自治総研』2021年10月号所収)、での分析をもとに、エッセンスを抽出したものである。上記原稿は、インターネットを通じて無料でアクセス可能であるため、本稿では省略した注釈及び図の出典、またより詳しい説明については、ぜひ、大本の拙稿に当たられたい。