まだ冬の競馬場
盛岡から戻ってきて冬の終わり、久しぶりに浦和競馬場に行った。
新しいスタンドが出来て、奥にあった食堂はなくなっていた。
小さい子供が大声で泣いていた。帰りたくない、と。それを無理やり引っ張って、恰幅のいい母親が連れて帰ろうとする。近くに友達の家族がいて、その子らとバイバイしたくなかったのだろう。また遊ぼうね、と声が聞こえた。日差しは少し強かった。
地方競馬は予想屋を見るのも楽しみのひとつだ。南関競馬、と言われている大井、浦和、川崎、船橋には予想屋がいる。船橋はあまり行ったことがないので実情はよく分からないが、それ以外のところは知っている。「夢追人」という予想屋が好きだった。
夢追人の静かな語り口は、もはや話芸の域に達していた。聞いているだけで愉しかった。コロナ禍で予想屋も休業せざるを得なかった時、大井に行ったが、予想屋のいない競馬場はさみしいものだった。
いつだったか、夢追人の隣に若者が立つようになった。弟子なのだろうか。予想の最中に、せがれ、という言葉が出たので、のちに息子だということが分かった。調べてみると、夢追人の父親も予想屋で、世襲なのかと驚いた。ということは息子は3代目になる。無事に継げば。
コロナが少し落ち着いた頃に大井に行くと、息子が予想をしていた。横には夢追人。親父よりも声が太かった。それから南関競馬にはあまり行かなくなったが、さて久しぶりの浦和はどうだろう。
「夢追人」の予想台を探したが見つからない。ただ息子はいた。予想を売っていた。しかし屋号は「ステップアップ」とある。ん? という一瞬の問いのあとに、独立したのか、と理解した。調べていないので分からないが、あるいは「ステップアップ」という予想屋に弟子入りし、後を継いだのかもしれない。いずれにせよ、息子は独り立ちしていた。そして予想を聞いたが、やはり良い。親父よりも声量はあるが、抑制がしっかり利いていて、夢追人の美学を受け継いでいる感じがした。レースの予想も、レースを見ることにも少し飽きていたが、彼がいるなら、また行きたい。そう思った。
ステップアップ
旅は、冬が溶け切る前に、次の街へ。伯方島という瀬戸内海の島で行われる音楽イベントに出るため、前乗りで福山へ向かった。前来た時はゆっくり出来なかったので、早めに福山に着くように出かけた。
福山には午後2時ごろ着いた。ホテルに荷物を預け、駅前で自転車を借りた。駅周辺をぷらぷらし、海の方を目指したが、なかなか辿り着かない。海はそこまで遠くないはずだが、方角が間違っているのか。途中犬を散歩させているお爺さんに尋ねたが、自転車だとだいぶあるよ、と言われた。なんとなく海の方を指差してもらい、その方向へ向かった。春の陽気だった気がするし、まだ寒かったような気もする。街道沿いに花が咲いていたので、春はそこまで来ていたはず。途中「月光」という純喫茶を見つけたが、やっていなかった。駅から離れたところに、あった。