財政学では、必要な項目を積み上げて計算する「決め方」を、ミクロ・バジェッティングと呼ぶ。ミクロなニーズを積み上げていく予算編成である。これとは反対に、まず一つの政策領域の総額を決めて、その中の配分をあとから調整する、というやり方もある。これを、マクロ・バジェッティングという。大枠の総額、マクロから先に決めるという予算編成である。後者は、前者に比べると、「本当に必要なものかどうか」という点から乖離が生じやすい。これは、財政学ではよく知られた議論だ。
予算総額の増額ありきの議論が先行して、“どんぶり勘定”になっているのではないのか。マクロ・バジェッティングという言葉こそ用いられていないが、自衛隊OBからも「現場で必要なものと乖離している」などの懸念が表明されている。さらには、自民党内からも、保守派で元自衛官の議員(佐藤正久)や、元防衛大臣の議員(岩屋毅)すら同様の懸念を示すなど、異論が起こっている。
アカウンタビリティの欠如
こうした異論について、岸田首相は「火消し」に追われている。2022年12月16日の記者会見で、防衛費倍増とそれに伴う増税についての「決め方」のプロセスについて問題がなかったか、と問われた首相は「プロセスについて問題があったとは思っておりません」と答えた。しかしながら、実際には、そもそも43兆円の見積もりを示した「防衛力整備計画」を含む、3文書の検討過程自体が不透明である。
防衛省の意向を反映したとみられる会議(「防衛力強化加速会議」)の議事録については、東京新聞が情報開示請求をかねてより行っていた。しかしながら、議事録のほとんどの発言内容は黒塗りで開示されることとなった。見積もりが適切に行われ「プロセスに問題がなかった」ことを首相が強弁しようとするのであれば、その検討過程の公開をもって証明する責任があるのではないだろうか? このような、不透明性、アカウンタビリティの欠如が、第二の問題である。岸田首相は、安全保障上「手の内を明かせない」としているが、密室での決定を、「民主主義的に決まった」と感じる方が難しいだろう。
見えにくい部分での歳出拡大
第三の問題は、先述の43兆円という大枠すら超えて、“見えにくい部分”で防衛政策に対する支出の拡大に、歯止めが利かなくなっていく可能性があるということだ。これは、さらに三つの問題に細分化される。
まず一つ目はNATO基準との乖離だ。そもそも、「対GDP比2%」という目標の参照点とされているNATOの軍事費の定義は、「防衛力整備計画」の「防衛関連費」の定義と一致しないのである。実際には、「防衛関連費」の項目の外でも、防衛政策目的で支出される予算項目がある。「対GDP比で1%」とされている現在の予算規模も、NATOの定義に従って計算し直せば、日本の予算規模は既に1.24%である、と防衛省自身も認めるところだ。
二つ目は、「基金の新設」である。今国会では、増税とは別に「防衛力強化資金(仮称)」の創設が議論される予定である。予算は1年で使い切るのが原則だが、基金は、複数年度の支出のために税金をプールさせておくものである。この基金を新設すると何が問題なのか。これは、個人の家計で例示すると分かりやすい。例えば、あなたがたくさんの銀行口座を持っていたり、複数のクレジットカードを日常生活で使っていたりするとする。そうすると、自分が1カ月あたり結局どれくらい使っているのか、収支がどうなのか、どこかでムダ遣いがないか把握しにくくなるだろう。基金の新設は、新しい銀行口座を増やすようなものだ。お金の使い方の監視がしにくくなるので、財政学の原則的にはあまり好ましくない(「単一性の原則」という)。コロナ禍以降では様々な基金が乱立し、予算の適正性の監視がしにくくなった、と批判された。「防衛力強化資金」についても、同様の懸念がある。
最後に、後年度負担の問題である。兵器購入の支払いについては、単年度で買い切ることが難しく、「ローン」のような買い方(「後年度負担」)を行うことも多い。「防衛力整備計画」では、計画が定める5年間(2023~2027年度)のあと、つまり2028年度以降に、この「ローン」の支払い等に16.5兆円かかることになっている。財政学の原則論からすれば、政権として一時の信任を得ているにすぎない政党が、はるか先の年度の予算まで決めてしまうことは望ましくなく、財政は年度ごとに決定するべきである(「会計年度独立の原則」という)。
長くなったが、防衛関連費予算の「決め方」をめぐっては、「マクロ・バジェッティング」による“どんぶり勘定” “アカウンタビリティの欠如” “見えにくい部分での歳出拡大”(①NATO基準との乖離、②基金の新設、③後年度負担)という重大な三つの問題がある。しかし政府は、これらの問題についての議論をしないまま、「もう決まった使い方なのだから、どこで増税するか」と先に進めようとしている。
与党内でも意見が対立する増税問題
首相は、先述の記者会見での、「決め方」のプロセスに問題はなかったか、という問いに、財源についても、与党の税制調査会において議論し、結論を大綱にまとめ、それに基づいて閣議決定を行ったと答えている。
しかしながら、防衛費のための増税について検討したこの与党税制調査会でも、自民党議員の中ですらはっきりとしたコンセンサスが得られたというわけではない。与党税制調査会では、防衛費倍増による財源確保のための増税手段として、以下が提案された。
- ① 法人税は納税額に4~4.5%(未定)を一律に上乗せ(ただし中小企業への負担軽減策あり)
- ② たばこ税は1本あたり3円増税
- ③ 所得税のうち、東日本大震災からの復興予算にあてる「復興特別所得税」(通常の所得税額の2.1%)の半分弱(1%)をあてる
なお、③の復興特別所得税の流用による減額が、当初予定されていた復興予算の総額に影響しないように、復興特別所得税の徴収期間を最長13年間(2050年まで)延長するとしている。これも、先述の会計年度独立の原則にはもとる。
このような案が示されつつも、〈法人税をどれだけ上げるのか〉〈そもそもいつ開始するのか〉については、ぼやかしたままの決定となった。とりわけ、経済への影響を懸念した経済右派の議員や、安倍派の議員とその点のコンセンサスをはかるのが難しく、お茶をにごさざるを得なかったわけである。最終的には、与党税制調査会のトップの宮沢洋一議員に一任する形で、何とか一応の決着に至った。首相は財源の検討プロセスについて、与党税制調査会で十分に検討し問題はないとしていたが、党内の足並みが揃っているとはとても思えない。
国民の意思を度外視して平和に結びつくのか
とはいえ、そもそも与党の派閥内の調整に「合意」を委ねて、国民は「密室」で決まった決定をあとから「理解」するだけで、本当にいいのだろうか。もし、あなたが「とはいえ、軍事は難しいし、専門家や政治家に任せた方がいいのでは……?」と思っているなら、ぜひ、考えなおしてほしい。
(*1)
正確には、2023年度の当初予算は114兆円、2022年の名目GDPはIMFの予測値で555兆円
(*2)
正確には、2027年度に、現在の年間約5.2兆円から9兆円程度に引き上げようとしている