つまり、ラ・ボルダは、従来の住宅のような「私有か、賃貸か」ではない新たなかたちとして、住宅協同組合が所有し、住んでいる間だけ住人に利用権を譲渡する集合住宅=利用権譲渡型集合住宅を、“公有地を使って建てる”という形式をとったのだ。このラ・ボルダのケースをきっかけに、「住人が構成する住宅協同組合が、“公有地に”利用権譲渡型集合住宅を建設し、運営する」という試みが、バルセロナで広がっていく。
複数のプロジェクトを手掛ける住宅協同組合
この試みに挑戦する組織の中には、利用権譲渡型集合住宅を複数、建設・運営することを目指す住宅協同組合もある。「ソストレ・シビック」だ。ソストレ・シビックは、2004年、カタルーニャ州で利用権譲渡型集合住宅を広めるために設立された協同組合で、現時点で1万5000人の組合員から構成され、これまでに計12のプロジェクトを実現した。
ソストレ・シビックでは、プロジェクトごとに組合員の中から参加者を募り、住人グループをつくって建設、運営を進める。
「プロジェクトごとに協同組合を立ち上げるのではなく、ソストレ・シビックがつくったモデルをベースに住宅建設を計画、実施できるので、プロジェクトをよりスムーズに進めることができます。また、組合員は皆、自分が住む住宅のプロジェクトが始まるずっと前からアイディアを共有し、学んでいるので、その運営に馴染みやすいと言えるでしょう」
ソストレ・シビックのような大きな住宅協同組合に所属する利点を、組合員のエバ・オルティゴーサさんは、そう話す。
2017年には、初めてラ・ボルダのようにバルセロナ市が所有する土地を借りるかたちでのプロジェクトが立ち上げられ、集合住宅「シラレアス」の建設が始まった。2020年の完成後、そこにはエバさんを含め、0歳から67歳までの50人、計32世帯が生活している。各組合員は、2万ユーロもしくは2万7000ユーロを出資し、前者は1LDK、後者は2LDKの部屋に住む。光熱費を含めた家賃はそれぞれ、月およそ560ユーロと760ユーロだ。
ソストレ・シビックは、現在、さらに多くのプロジェクトを、シラレアスのように市の所有地を借りるかたちで実施しようとしている。
市民と自治体の連携
「市は、今後も計1000世帯の住宅が建設できるだけの土地を提供する予定です。それと同時に、建設費用の20〜25パーセントの融資も行っていきます。協同組合形式での住宅建設と運営は、より人間味のある都市づくりに役立つ、よい選択肢だと思います。自由市場はコミュニティに信頼の絆を築くことはできませんが、こうした協同組合形式の集合住宅は、それができる。そこが、この方法の価値あるところです」
バルセロナ市住宅局コミッショナーのジョアンラモン・リエラさんは、そう強調する。市は、所有する土地を市民の住宅建設プロジェクトに提供することで、持続可能で豊かな地域コミニュティを築くことができると考える。市民主導のプロジェクトを応援することで、日本でいう「公団住宅」を、より市民のニーズに合ったかたちで実現しているのだ。
公有地に建てられた住宅協同組合が運営する利用権譲渡型集合住宅は、「公的保護住宅」という住宅カテゴリーに組み込まれ、市からの援助=土地の提供と融資などを受ける代わりに、土地の借用権が失効した時点で、自治体の所有となる。公団住宅のような社会的目的をもつ公営住宅になるのだ。
つまり、市民と自治体の連携による、この住宅建設・運営形式は、市民にとっても自治体にとってもメリットが大きい。
環境とコミュニティ重視の住まい
理想を実現したラ・ボルダの住人たちは、そこでの暮らしを満喫している。
環境に配慮した設計の建物の内部は、天井や壁に沿って走るパイプに流れる空気の温度を調整することで、一年中、過ごしやすい室温に保たれている。センサーで気温を感知して開閉する共有スペースの広い窓も、それに貢献する。屋上には、近隣の住民とともに設立した「再生可能エネルギー協同組合」の太陽光パネルが置かれ、ラ・ボルダだけでなく、近隣の家庭にもエネルギーを供給している。
半透明の屋根をもつ建物中央部は吹き抜けになっており、各階が長屋のような造りの住宅は、2階部分に広い物干し場や遊び場のような共有スペースをもち、通りに面した大きな窓から差し込む陽の光に明るく照らされている。その脇には、洗濯機が並ぶ共有洗濯場がある。さらに1階には、広い共有ダイニングキッチンがあり、隔週の水曜日には住人たちの食事会が開かれる。それ以外の日でも、誰かの誕生パーティを開くなど、住人が自由にスペースを予約して利用している。すべての共有スペースの掃除は当番制になっており、建物の修理などもできることは皆、週末に住人の手で行う。
「このアプリを使って、当番を確認したり、洗濯機やダイニングキッチンの利用予約をするんです。ちょっとした困りごとを相談できるグループチャットもありますよ」
スマートフォンを見せながら、住人のペルー人女性ロクサナさんが説明してくれる。同居人の高齢男性ダビさんも、ここでの生活について、こんな感想を述べる。
「とても気に入っています。つい最近まで、1年ほどからだの不調に苦しんだのですが、互いを労(いたわ)ることを知る隣人に恵まれた場所に住んでいることに、心から感謝しました」
人と人のつながりを生み出し、安心して暮らせるコミュニティを築くことに重きをおく住宅プロジェクトは、コミュニティを構成する一人ひとりの生活そのものを、協同で支えている。前出の協同組合理事、アドリアさんは言う。
「ここでは、仮に住人の誰かが失業して家賃が払えなくなっても、協同組合が3カ月間、肩代わりをします。それでも時間が足りない場合は、最長9カ月まで無利子で貸し付けます。仕事探しも手伝うんです。パンデミックの際は、そうやって仲間2人を支えました」