政府・与党は、海上自衛隊によるインド洋でのアメリカやパキスタンなどの艦船に対する給油活動を継続するための、新テロ対策特別措置法案を早急に成立させ、2007年11月1日をもっていったん中断・撤収した給油活動を再開する方針だ。
これに対し、民主党を中心とする野党側は、インド洋での給油活動は「憲法に違反している」「国連の決議がない」などとして強く反対。民主党はアフガニスタンでの人道復興支援などを中心とする独自の貢献策を打ち出すなど、政府・与党との全面対決姿勢を強めており、政局は緊迫の度を増している。
なぜ給油活動が問題になるのか
なぜ、インド洋での給油継続問題がそれほどの大問題になるのか。大きく分けて三つの理由がある。第一の理由は、このインド洋での給油活動が、日本の「テロとの戦い」における国際貢献の象徴的な活動となっていることだ。
アメリカは01年9月の同時多発テロを受けて、同年9月よりアフガニスタンで活動する国際テロ組織「アルカイダ」を掃討するための軍事作戦を開始。イギリスやドイツなどNATO(北大西洋条約機構)に加盟するヨーロッパ各国や、パキスタンなどの近隣諸国もこれに参加し、日本政府も国際貢献の一環として、同年11月より海上自衛隊によるインド洋での給油活動を始めた。
自衛隊の海外派遣は、それを一般的に定める恒久法がないため、その都度、特例法を制定する必要があり、政府・与党は当時の小泉純一郎首相のもと、テロ対策特別措置法(旧法)を時限立法で成立させ、初の自衛隊の「戦時派遣」に踏み切った。
憲法9条の規定があるため、自衛隊は海外での武力行使はできず、海上自衛隊のインド洋での活動は後方支援活動に限定。テロリストによる武器や麻薬の密輸などを取り締まるための海上阻止行動を行っている、アメリカやイギリス、パキスタンなどの艦船に対し、無償で燃料の油を提供するという側面支援活動を実施してきた。
この給油活動は国際社会から高く評価されており、アフガニスタンでの「テロとの戦い」がなお継続中であることを勘案すると、ここで日本が給油活動をやめてしまうのは、諸外国の目からは「無責任で勝手な行動」と映り、日本の国際社会における立場を大いに損なう恐れがある。政府・与党からすれば、新テロ対策特別措置法の早期成立による給油活動の早期再開は譲れない一線だ。
日米同盟の行方を占う試金石
第二の理由は、第一の理由と裏腹の関係だが、インド洋での給油活動が継続されるか否かが、日米同盟の行方を占う大きな試金石となっていることだ。アメリカはシーファー駐日大使が、給油活動に反対する民主党の小沢一郎代表に、「テレビカメラを前にした衆人環視のもとでの前代未聞の直談判」を行うなど、日本側に活動の継続を強く要請している。「テロとの戦い」を最優先課題に掲げるアメリカにとって、ヨーロッパやアジア・太平洋地域の同盟国が、この戦いを共に戦ってくれるか否かは、現在および将来の同盟政策を構築・決定するうえで重大な判断材料になるという。
アメリカと日米安全保障条約を締結し、日米同盟を安保・外交政策の基軸に据える日本にとって、日米同盟の信頼性や安定性を揺るがすような事態は断じて避けなければならない、というのが政府・与党の基本的な立場だ。
与野党逆転で法案成立が困難に
第三の理由は、これこそが一連の混乱の源(みなもと)であるが、07年夏の参議院選挙で与野党の勢力が逆転したことだ。安倍晋三首相(当時)率いる自民党が、小沢氏率いる民主党に惨敗した結果、参議院では民主党が単独で過半数を制する「与党」第一党となり、自民・公明両党は「野党」に転落した。自民・公明両党は、衆議院では全議席の7割近くを占める堂々たる与党だが、参院では少数の「野党」で、政府・与党は衆院では法案を楽々と可決できるが、参院では民主党が反対すれば否決されてしまう。
予算と条約を除く法律は、憲法の規定により、原則として衆参両院で可決されないと成立しない。参院選前の衆参両院とも自民・公明両党が過半数を占める状態であれば、民主党がいくら反対しても、最後は「与党の数の力」で法案を成立させることができた。旧テロ対策特別措置法は、法律の有効期限を2年間ないし1年間に区切る時限立法だったため、政府・与党は期限切れのたびに延長法案を提出し、野党の反対を押し切って可決・成立させてきた。それが夏の参院選の結果、やりたくてもできなくなったのだ。
憲法は、法案が参院で否決されても、衆院で3分の2以上の賛成多数で再び可決されれば成立すると定めているが、これはあくまでも例外規定。現在、自民・公明両党は衆院で3分の2以上の勢力を有しており、やろうと思えばこの例外規定の発動もできるが、民主党や参院の反発は必至で、その後の国会運営が立ち行かなくなる可能性が大きい。
断固反対の立場を崩さない民主党
政府・与党は新テロ対策特別措置法案の内容について、法律の期限を1年限りとするとともに、旧法に盛り込んでいた「捜索・救助活動」などを削除して給油・給水活動に限定するなど、民主党の主張に一定の配慮を示したが、民主党は「新テロ対策特別措置法には賛成できない。断固反対する」との立場を崩していない。小沢代表が海上自衛隊によるインド洋での給油活動について、「国連決議に基づいていない、アメリカの軍事行動を支援するための活動であり、憲法に違反している」と再三表明しているうえに、給油活動に変わる独自の対案として、民生部門による土木工事支援などを柱とするアフガニスタン復興支援策をまとめたためだ。対案は自衛隊の派遣について、国連決議があることを前提に、紛争当事者間の停戦合意がある場合か、停戦合意に準ずる状態が確認された場合と限定しており、海上自衛隊による給油活動の継続を柱とする新テロ対策特別措置法案と真っ向から対立する内容となっている。
さらに民主党は福田政権を追い詰めるため、防衛装備品の調達を巡って東京地検特捜部に収賄容疑で逮捕された防衛省の守屋武昌前事務次官夫妻と、防衛専門商社「山田洋行」の汚職事件の真相解明を最優先課題としており、新テロ対策特別措置法案の審議には軽々に応じられないとの立場だ。