世界各国で行われるさまざまな交渉
今日の国際政治において、環境問題が重要なテーマであることは常識である。2008年7月に北海道洞爺湖で開催されたG8サミットにおいても、地球温暖化への対処が最大のテーマであった。これまでの地球温暖化対策を定めた京都議定書に続く、より長期的な取り組みを決める国連気候変動枠組条約締約国会議(COP15)が、09年後半にコペンハーゲンで開催される予定だが、これを目指して、これから世界各国で、どのような対策を合意するかをめぐって、さまざまな交渉が行われることになる。しかし、環境問題に関して、実効的な対策を決定することは、国際政治においてそれほど容易なことではない。その困難さは、環境問題とりわけ温暖化対策特有の困難さと、国際政治特有の困難さがかけ合わさったもので、とりわけ難しい。
悪意のない行動が被害を生む
地球温暖化対策の困難さは、その原因を特定の誰か悪意をもった存在に限定できない、集合現象であるというところにある。たとえば、自動車に乗るとき、われわれは誰も地球を温暖化させようと思って乗っているわけではない。バングラデシュに洪水を起こそうと思って、夏にクーラーをつけたり、冬に暖房をつけたりする人はいない。人類全体が、みな特に悪意をもってしていない行動が、全体として温暖化という人類全体に被害を与える結果をもたらすのである。したがって、この問題を解決するため、誰か悪い人を捜して、その人の行動だけ改めさせればよいというようなわけにはいかない。革命的な技術革新が起きないかぎり、地球温暖化対策のためには、すべての人の行動を変えなければならないのである。すべての人の行動によって決まるような現象について、解決が困難なのは、ほとんどの人は、自分がやってもやらなくても大勢に影響はないではないか、と思ってしまうからである。すべての人が、自分がやらなくても大丈夫と思えば、何も起きない。
国内の決定は他国に強制できない
もちろん、すべての人に影響を与えるような政策が不可能なわけではない。たとえば、国内であれば、全員に強制的に税金を払わせようと思えば、そのような政策を議会で多数決をとって決めることはできる。多数が合意するかどうかも難しいところであるが、全員の行動に影響を与える政策を、全員が合意しなくても決定できるのである。しかし、このような決定は、それぞれの国ごとにはできるが、世界全体でできるであろうか。ここに国際政治特有の困難さが生じてくる。つまり、世界には、全員が賛成しなくても全員を強制できるような決定の仕組みが存在しない。つまり世界政府は存在しないのである。現在、世界には200くらいの国があるが、この国はみな主権国家であって、自らの領域のもとで何を決めるかについては、他国の決定に従う義務はない。
かりに地球温暖化問題で、ある国が対策をとることを国内的に決めたとしても、他国がこれに従うことを強制することはできない。個々人の場合と同じように、どの国も、地球環境を悪化させようと思って、経済発展の実現に努力しているわけではない。もちろん、世界すべての国がある種の規制に参加し、これが実効的に実施されることが確実であれば、それなら規制に参加してもよいと思う国は多いであろう。
地球環境問題を解決する方法
しかし、この規制が実効的に行われるかどうかの保証は誰がするのであろうか。国内であれば、政府が、規制を守らない者を取り締まることができる。規制を守らない大国に対して、規制実施を強制できる国際機関は存在しない。そして、もしどこかの大国が、規制を守らないかもしれないと予想できたとすれば、規制を守ろうという国は、ばかばかしくなってやめてしまうかもしれない。つまり、地球環境問題の解決のためには、集合的問題を2回にわたって解いていかなければならない。1回目は、各国が国内的に十分な規制力をもった政策を決定することであり、2回目は、世界の各国が、世界的に規制力のある政策に合意するということである。
そして、この2回にわたる問題解決は、ほぼ同時に行われなければ、どちらも成立しなくなる可能性が高い。なぜなら、他国が合意する見込みが少ない規制であれば、そもそも国内での多数決さえ得られないかもしれないからであり、また、有力国で多数決が得られない規制であれば、多くの国はこれに合意しないだろうからである。
実効的な解決策を見いだすには
このように考えてみると、政治的にいって、地球温暖化問題への実効的な解決策を見いだすのは、ほとんど不可能ということになってしまうかもしれない。もちろん、革新的な技術が登場して、厳しい規制が必要でないということになれば、合意は容易であろう。しかし、そうでないとすれば、最終的に、決定的になるのは、地球環境問題の深刻さに関する認識を、どれだけ多くの人が共有できるかにかかっているのであろう。とりわけ、世界の有力国において、その認識が深まらなければならない。具体的にいえば、アメリカ、中国、インドである。この3カ国のいずれかでも、地球環境問題の規制に賛成しないとすれば、世界的な規制は不可能となるであろう。