民主党外交政策の試金石
2009年8月30日の衆議院総選挙で自由民主党が歴史的な大敗を喫し、9月16日には鳩山由紀夫首相の下で民主党新政権が発足した。先にオバマ大統領を生んだアメリカでも、そして今回の日本でも、「変化」(チェンジ)が政治のキーワードになっている。確かに、民主主義にとって「変化」は不可欠だが、外交には「変化」と並んで安定や継続性も重要である。おそらく、民主党は4年にわたって政権を維持できるはずであり、外交や安全保障の分野では建設的な「変化」を、時間をかけて追求すべきである。性急で派手なだけの「変化」の誘惑に耐えられるか否か─これが民主党外交の試金石であり、21世紀の日本外交や日米関係の行方をもかなりの程度規定するであろう。
すでに危惧(きぐ)される点がいくつもある。 岡田克也外相は以前から、アメリカに核兵器の先制不使用を求めると発言してきた。しかし、北朝鮮の核開発の動きや生物・化学兵器の保有を考えると、これは日本が唯一の同盟国アメリカに提起すべき賢明な構想であろうか。
また、気候変動問題で、民主党は温室効果ガスを2020年までに1990年基準で25%削減するとしてきたが、鳩山首相は改めてそれを国際的に公約した。大胆だが実現困難な目標である。もとより、2009年末にコペンハーゲンで開かれる国連気候変動枠組条約締約国会議(COP15)では具体的合意に達することができないことを前提に、日本の熱意をアピールし、米中の積極的な関与を促すといった意図もあるかもしれない。しかし、一歩誤れば、国際的にも国内的にも偽善的な姿勢と映ろう。
準備のあるふりをしてはいけない
さらに、日米関係である。海上自衛隊がインド洋で行っている給油活動の延長が、2010年1月には期限切れとなる。アメリカはさらなる延長を求めている。だが、民主党政権は社民党との連立などの関係で、このままでは延長しない立場である。
軍事的に見て、すでにこの給油活動はそれほど効果を挙げていないという意見もある。しかし、例えば、アフガニスタンに陸上自衛隊や航空自衛隊を派遣することに比べれば、この給油活動ははるかに安全かつ安価な国際協力の方途である。自民党政権なら延長は当然であったが、民主党政権が延長を決めれば、英断としてアメリカ側からはるかに大きな感謝を期待できる。
沖縄の普天間基地の移設問題でも、民主党は県外・国外移設を前提として全面的な再交渉を求めようとしている。もし再交渉を求めるのなら、県外や国外のどこに移設しようというのか、まず具体的な展望を示すべきである。
辺野古沖合いの代替基地埋め立てについて、当初の日米合意内容よりも数メートル沖合いに移動させる可能性を、かつて福田康夫内閣がアメリカの国防省に打診した際、すでに政府間で公式に合意しているとして峻拒された。しかし、今やアメリカ側では、数メートルの移動は微調整であって、日本側の裁量の範囲であるという意見が上がっている。
インド洋での給油活動延長問題と普天間基地の移設問題は、決断まで時間的余裕が少なく、究極的には「やるかやらないか」の二者択一の問題である。これに対して、日米地位協定や思いやり予算の見直しには、より時間的な余裕があるうえ、「やるかやらないか」の問題ではなく、部分的な見直しが可能であり、程度が問題となりうる。
民主党新政権がまだ具体的で総合的な外交・安全保障政策を描けないのは当然であり、準備の整わないまま「変化」をてらって拙速に走るべきではない。準備の不在は問題ではない。準備がないのに準備のあるふりをすることこそ、問題なのである。
日米同盟関係を強化する好機
実は、民主党政権の対米外交には、大きな可能性が秘められている。先述のように、政権交代によって、日本側が従来と同じようなことを行い、主張しても、アメリカ側はそれをより高く評価し、日本に対してより大きな譲歩を示すようになっている。しかも、日米同盟関係の強化に当たって、かつての自民党政府が野党・民主党の原理的な反対にしばしば悩まされたのに対して、民主党政権の対峙(たいじ)する野党・自民党ははるかに協力的なはずである。民主党政権の登場は、与党にその決意さえあれば、日米同盟関係を強化する千載一遇の好機になりうるのである。2010年には、日本で参議院議員選挙が控えている。これに勝てば、民主党政権は安定しよう。他方、アメリカでも10年には中間選挙があり、オバマ大統領の今後の政治的影響力を大きく左右するであろう。09年11月に次いで10年11月にも、オバマ大統領の来日が予定されている。日本で開かれるAPEC首脳会議への出席のためである。
そして、2010年はまた、1960年に日米安全保障条約が改定されてから50年の節目にも当たる。同じく、韓国併合から100年でもあり、近隣諸国との歴史問題に慎重たらざるをえない。さらに、日本の国内総生産(GDP)が中国のそれに抜かれ、日本が世界第二の経済大国たる地位を喪失したことが、2010年には国内外の統計で明確に確認されよう。
こうした内外情勢の中で、オバマ大統領を迎えて日米同盟の50周年を心から祝福することができるのか否か─民主党新政権の真の外交手腕が問われる一年である。