期待と不安のスタート
政権交代への強い期待感のあった民主党政権は、鳩山由紀夫、菅直人両内閣を経てがたがたになった。いまは癒し、繕いが必要なときだ。それに応えて登場したのが野田佳彦新首相。自らを「どじょう」に例え、「泥臭い政治を進める」とのメッセージは国民に安心感を与えている。滑り出しは順調だ。各社の内閣支持率は、菅内閣当時の20%程度から一転して60%前後にV字回復。つられて民主党支持率まで急上昇し、自由民主党支持率を逆転した。小沢一郎元代表に近い人物も党執行部や閣僚に起用する「挙党態勢」人事が評価され、ご祝儀相場も加わった。
しかし、震災復興の第3次補正予算案策定や福島第一原子力発電所事故の収束、財政再建と経済成長の両立など難題が山積だ。40歳代閣僚5人を含む新陣容が課題をこなせるかは未知数。早くも鉢呂吉雄経済産業相が「死の町」発言で9月10日辞任し、後任に枝野幸男前官房長官が任命されたが、期待と不安が同居するスタートとなった。
党内亀裂を繕う挙党態勢人事
粘りに粘った菅首相だが、第2次補正予算に加えて退陣の条件とした赤字公債特例法と再生可能エネルギー特別措置法が8月26日成立したのを受けて同日午後、正式に退陣を表明。これを受けて民主党代表選挙が27日告示、29日投票で実施された。過去最大の5人が立候補する乱立となり、第1回投票では海江田万里氏が143票でトップ、決選投票に臨む第2位に107票取った野田佳彦氏が入った。世論調査で人気抜群の前原誠司氏は74票と伸び悩み、鹿野道彦氏52票、馬淵澄夫氏24票だった。決選投票では野田氏が215票と過半数を制して、177票だった海江田氏を逆転した。結局、この代表選は小沢元代表の推す海江田氏と、「反小沢」勢力の推す野田氏の戦いという構図となった。小沢氏は10年6月と9月の代表選に続いて3連敗。選挙に強いという小沢神話も神通力を失っている。
菅氏は小沢氏を破ったあと、「脱小沢」で徹底的に小沢氏グループを干し上げたのに対し、同じく小沢氏グループに勝った野田新代表は、小沢氏に近い輿石東氏を幹事長に起用。閣僚や副大臣、政務官の人事でも党内各グループに配慮し「挙党態勢」人事を行った。
野田氏が代表就任演説で、党内紛争について「ノーサイドにしましょう」と述べたが、発言通りに党内修復を実践し、菅時代の党内亀裂を見事に繕った形だ。それが内閣支持率の高さにも反映している。
したたかな対野党戦略も
菅政権時代には野党との関係もずたずただった。菅首相は3月11日の東日本大震災の後に、自民党の谷垣禎一総裁に電話で「大連立」を持ちかけたりしたが、信頼感の欠如からあっさり断られた。その後、自民党議員を政務官に引き抜くなど、自民党を逆なでする動きばかり。奇妙なのは菅政権末期に民主、自民、公明の3党合意ができたことだ。これは菅首相に早期退陣を促すため、与野党を超えて執行部同士が手を結んだものだ。民主党の岡田克也幹事長は野党の同意を取り付けるため、子ども手当だけでなく民主党マニフェスト(政権公約)に盛られた高速道路無料化などの、いわゆる「バラマキ4K」の軌道修正も約束した。
この3党合意は対野党関係を繕う要の位置にある。野田氏は首相指名に先立って9月1日党首会談を持ち、まず3党合意順守を約束。そのうえで大連立こそ持ち出さなかったものの、第3次補正予算の編成などについての与野党協議機関設置を提案した。自民、公明各党首と個別に会談したところがミソだ。自公間の間隙を突こうという、したたかな狙いもある。
野党の言うことにいちいち反撃していた菅前首相に対し、野田新首相は野党の意向を最大限取り入れようとする。それだと野党側も対決姿勢が打ち出しづらく、攻めにくいかもしれない。
停滞した外交をどう繕うか
菅首相が退陣を引き延ばしたことによる国益上の最大のマイナスは、外交展開が全くできなかったことだ。特に最重要な日米関係は停滞したままだ。10年の日米首脳会談で「3月訪米」を約束したが、国会日程の関係でいったん「6月訪米」に延期され、さらに大震災により「9月上旬訪米」と、ころころ変わった。懸案の米軍普天間基地の移転問題でも、対沖縄説得は全く前進がなかった。野田新首相は9月、国連総会と原子力発電の安全に関する首脳会議でニューヨークに赴く。この機会にオバマ大統領との間で日米首脳会談を行うことから、対米繕い外交を始めなくてはならない。
中国、韓国との近隣外交も修復が求められている。温家宝首相の来日や首相訪中も棚上げ状態。少し気になるのは、野田首相が過去に出した質問趣意書で、「A級戦犯は戦争犯罪人ではない」との立場を示していること。歴史問題へのきちんとした見解提示によって中韓両国の理解を得る必要がある。
10月下旬にはインドネシアのバリ島で東アジア・サミットが開かれ、野田首相もアジア外交にデビューする。11月3日からフランスのカンヌでG20首脳会議、同12日からハワイのホノルルでAPEC(アジア太平洋経済協力会議)首脳会議が開かれる。対外的にほとんど知られていない野田首相にとっては、秋の外交シーズン乗り切りも課題の一つとなろう。