約240万人の新有権者が誕生
2015年6月17日、参議院において公職選挙法改正案が可決され、1年後の16年7月から「18歳以上」が国政選挙、地方選挙などで投票ができるようになりました。参政権の拡大は、女性参政権が保障された1945年以来70年ぶりのことです。今回の法改正により、新たに約240万人の有権者が誕生します。とはいえ、若年層の低投票率が続いている中、若年層が選挙や政治に関心を持つような働きかけが必要であり、さらには有権者となる前の段階からの教育が重要となります。
文部科学省(文科省)と総務省では、18歳選挙権実現を踏まえて、すべての高校生を対象にした政治参加等のための学習教材を作成し、15年9月29日に「私たちが拓く日本の未来」(生徒用副教材、教師用指導資料)として公表しました。
もちろん学校においては、教育基本法14条「政治教育」の第2項に政治的中立性が規定されていることを踏まえ、教師用指導資料の中では、「指導上の政治的中立の確保に関する留意点」についても触れられています。
いずれにせよ、現在17歳の“子ども”が、16年7月から参政権を得るということは、高校3年生のクラスの中に有権者がいることになります。大学進学や就職を機に故郷を離れてしまう人が多い中、高校生の場合は、住民票がある自宅から通学する生徒がほとんどです。高校在学中に自分が生まれ育った地元で投票することにより、地元のことを深く意識し、友達や家族と選挙や政治について話す機会が生まれやすくなります。こうした機会を有効的に活用することが求められています。
2003年から「模擬選挙」を開始
私は、学生時代から選挙や政治に興味を持っていました。それもあり、現在、事務局長をつとめる「模擬選挙推進ネットワーク」の前身であるNPO法人「Rights」に所属していた頃から、未成年の「模擬選挙」に関わってきました。「Rights」が初めて国政選挙の模擬選挙を実施したのは2003年11月9日、第43回衆議院総選挙の時でした。以後、14年12月19日の第47回衆議院総選挙まで、参議院議員選挙も含めて全9回実施しています。初回の参加校は中学校・高校併せてたったの7校(他ウェブ投票も実施し、8歳以上が投票)でしたが、14年には小学校から大学まで、全国42校が参加し、有効投票数は8343票でした。
14年の模擬投票では、高校生の団体「Teen’s Rights Movement」が呼びかけ、横浜や渋谷の街頭でも投票が行われました。同世代が呼びかけることで、予想以上の子どもたちが投票してくれました。
実は、1980年代すでに、実際の選挙に合わせた模擬選挙が、学習院女子中・高等科や都立大泉高校などで行われていました。2010年には、神奈川県の県立高校全体で模擬選挙を実施し、話題になりました。
そして、18歳以上の生徒たちに、今後は“模擬”ではない選挙が待っています。その際、重要になるのが、「シチズンシップ教育」です。
シチズンシップ教育とは?
学校教育における「政治教育」は、教科としては社会科を中心に学ばれています。しかし、年号や歴史上の人物、歴史的事象名など、いわゆる“語句や知識の暗記”が中心で、重要政策の課題や政党の政治姿勢を掘り下げたり、多様な立場について考え議論したりする時間はほとんどありませんでした。そうした中、「18歳選挙権」の実現によって、これまで語られることがほとんどなかった「シチズンシップ教育」に注目が集まっています。これは、イギリスのCitizenship Educationに由来した言葉です。
2014年6月に閣議決定された「平成26年版 子ども・若者白書(全体版)』では、「社会の一員として自立し、権利と義務の行使により、社会に積極的に関わろうとする態度を身に付けるため、社会形成・社会参加に関する教育」をシチズンシップ教育としています。
また、ボランティア学習や市民教育をテーマに長年研究している学習院大学の長沼豊教授は「現代社会にとって市民(シチズン)として必要な学力・素養・態度・知識・技能等を総合的に獲得するような教育」と定義しています。
「シチズンシップ教育」の用いられ方や、その和訳としての「市民性教育」「市民教育」「公民教育」などは使用する人によって意味合いが異なります。また、日本における「公民教育」や「政治教育」とも重なる部分があるものの同一とは言えません。そもそも、教育行政を担う文科省は、「シチズンシップ教育」という名称を使用せず、「主権者教育」「政治教育」と表しています。
私自身は、こうした旧来からの学校教育、特に社会科系の科目でのみ取り組まれている「公民教育」や「主権者教育」といった狭い概念ではなく、教科の枠を超えて取り組まれる教育という位置づけとすることが必要だと考えています。そのうえで、「“市民”としてのあり方を深めるための教育活動」を総称して「シチズンシップ教育」と捉えることが適切でしょう。
学校における教科の枠を超えた取り組み
文科省・総務省による副読本においても、模擬選挙や模擬議会、請願など、実際の政治的事象を授業の中で取り上げ、これまで以上に公民としての資質を育むことを目指しています。そのためにワークシートを工夫したり、日常の授業において、社会で起こっていることを取り上げたりすることが求められています。だからといって、「シチズンシップ教育」として取り上げる「政治」は、中学公民、高校の政治経済など社会科系の科目だけで取り組む必要はありません。
たとえば国語で新聞の論説を読み取らせたり、演説文を自分で考え選挙向けのキャッチコピーを考えさせたりする。英語の授業では英字新聞を読むことで国際的な社会の動向を学ぶ。数学で投票率を始めとするグラフの読み取り方を教え、効果的なグラフの作成方法を学ぶ。家庭科でワークライフバランスや保育・介護などを扱う時に取り組む。美術で「選挙ポスター」をデザインし印象的な選挙啓発ポスターを考える。そうすれば、個々の教科でも政治的教養を深めることは十分可能です。
もちろん、クラスのホームルームで取り上げる、総合的な学習の時間の活用、生徒会活動を活発化するなど、教科を超えて実施することも可能です。当然、「人権学習」の一環として「子どもの意見表明」を扱う中で、子どもの政治意識や社会意識を高めるプログラムとして実施することもできます。
家庭や自治体でも「シチズンシップ教育」を
主権者教育を担うのは、何も学校だけではありません。学校だけの取り組みとするのではなく、地域の団体とともに取り組むことによって、子ども自身も、地域との関わりを意識できます。児童公園やコミュニティバスのルートなど子どもも関わる政策については、子どもも参加して話し合い、決めることを通して、自分の町の課題を知り、その解決に参加する機会をつくっている自治体もあります。子ども議会の開催を通じて、子ども世代の意見を行政施策に反映する場を設けているところもあります。
民主主義は、子ども時代からの経験によって培われていくものであり、手間がかかろうともしつこいくらいに民主主義を意識して、子どもに働きかけることが重要です。世界各国では、それこそ小学生や中学生の段階から、地域や国の課題について考え、討論し、解決策を提案する教育に取り組むことで、民主主義を育て、シチズンシップを育もうと努力しています。