同じ年には「Truth Team(T2)」を立ち上げ、ネット上の自民党の評判などを含め情報収集をしました。さらに、どのような演説をすればいいのか分析し、その伝え方まで、選挙に使えるあらゆる知見を各選挙対策本部にフィードバックしました。こうして、自民党のネットメディア戦略は洗練されていきました。同時に、我々のような研究者と話し合いの場を持ち、意見を聞き、良いと思ったことは取り入れていく柔軟さもありました。
ところが今、自民党にある種の綻びが目立つようになってきたようにみえます。それには世耕弘成(ひろしげ)経済産業大臣の存在が大きくかかわっていると思います。
世耕大臣は小泉内閣時代から自民党のメディア問題に積極的な役割を果たしてきました。第二次安倍内閣の前半においては黒子に徹し、メディアに対しさらに強固で安定した働きかけを行いました。政治のプロモーションやマーケティングは、一般企業とは少し違った性質を持っています。単に目立てばいいというわけではなく、ある種の信頼感とセットでなければなりませんし、抑制的な側面も必要です。その絶妙なバランスが第二次安倍内閣の前半においては機能していたと思われます。
しかし、世耕氏が経産大臣という重要ポストに就いたことで、その役割を十分に果たすことができなくなったのではないかと推察します。大臣として多忙を極めるようになった時期と、政府の綻びが目立つ時期が、奇しくも一致しているからです。2017年8月の内閣改造により世耕大臣が留任したことで、今後どのような展開になるのか、引き続き注視したいと考えています。
政治に関して教育現場はどのような状況か
日本では、若年世代に限らず他の世代であっても、一部の人を除けば政局というものを理性的に判断するための基礎知識を得る機会がほとんどないことは、大きな問題だと思います。日本の家庭の多くは、政治と宗教とカネの話はしないという不文律がありますから、その役割を教育現場に求めるということがあろうかと思います。
これまで日本の初等中等教育において、政治状況や政局を学ぶ機会というのはほとんどなかったと言ってよいと思います。それは教育基本法第14条が政治的教養の尊重を言いつつも、同時に政治的中立を主張し、アクセルとブレーキを同時に踏んでいることも影響しているように思えます。たとえば自民党の歴史を記述するとなると、自民党の業績の羅列だけでも政治的中立に抵触すると判断されてしまう可能性があります。もちろん逆の場合についても同様です。政治史を中立に描く、というのは、実践的には相当困難なことなのです。
高校の社会科では、2022年度をめどに、現代史を中心に「日本史」と「世界史」を統合した「歴史総合」と、「現代社会」に代わるという位置づけの「公共」という新科目が加わる予定です。必履修科目の一つである「現代社会」は、戦後の社会科の理念を体現している科目です。そうした科目がなくなることは、政治を知る機会がさらに減るのではないかと、危惧しています。新しい科目「公共」の詳細はまだ把握していませんし、あまり現実味は感じませんが、もっと政局や各政党の政策などを取り上げる方向に向かってほしいものです。特に初等中等教育の教育現場における各学校と先生方の取り組みを政治から擁護する仕組みが必要です。禁止事項を列挙するネガティブ・リスト方式などもその一例でしょう。
今後、政治を扱うメディアの主流は?
これまでは、政治を扱うメディアの中心的存在は新聞でした。しかし僕の経験的な認識では、40代前半より下の世代、いまやもっと上の世代も含まれるかもしれませんが、新聞を定期購読し、その内容について議論するという習慣がある人はほとんどいないと思います。それより下の世代ではその傾向がさらに強く、新聞の凋落は意外に早く来ると言わざるをえません。
それでは若年世代の時間を占めているメディアは何かというと、テレビとネットです。若年世代というとネットがクローズアップされますが、テレビも依然として根強く浸透している部分があり、世論形成に与える影響は顕著です。安倍政権を支持する新聞やテレビでの取り上げ方が変わると、世論の空気が変化することからも、それがうかがえます。
ネットに関しては、2000年代は政治に限らず自由闊達に意見を言える場という期待感が大きかったものの、その後、デマや誹謗中傷が多くなり、ネット推進派の中にも失望を覚えた人が少なくありませんでした。総務省の「平成29年版 情報通信白書」でも、信頼できる情報を得るためのメディアとして、全年代平均でインターネットはテレビより低い数値になっており、40代以上では新聞よりも低い数値です。
信頼度を高めるためには、ネットリテラシーを向上するための施策が必要です。
たとえば、アメリカではポール・クルーグマンのようなノーベル経済学賞受賞者が「ニューヨーク・タイムズ」のサイト上のブログで発信し、その発言がマーケットを動かすと言われています。翻って、日本のネットはそうした状況にありません。
ネットメディアの変化がカギに
当初、若者に人気だったニコニコ生放送などは一時期と比べると勢いがなく、YouTuberは芸能事務所に所属してタレントになるという現在の状況下では、ネット独特のコンテンツに陰りが見えてきたような気もしています。一方で、今後は、地上波的な番組がネットに侵食していくのでは、という考え方があります。
2016年4月、テレビ朝日とサイバーエージェントが手がけるインターネットテレビ局「AbemaTV」が開局しました。僕が時々出演している昼の番組「けやきヒル’sNEWS」は、テレビ朝日の報道出身のプロデューサーやディレクター、そして関連企業の皆さんが制作しています。地上波のためにストックされている豊富な素材を使い、検証も地上波基準でなされていて、一定の規範意識や安定感があり、既存の一般的なネットコンテンツよりはずっと情報のクオリティーが担保されています。
PV(ページビュー)と視聴率は単純に比較できませんが、2017年8月8日、「AbemaTV」は累計2000万DL(ダウンロード)を突破し、話題になりました。現在、視聴数がよく伸びているのは、将棋の藤井聡太四段の対局の生中継や亀田興毅と素人がボクシングで対戦するといったエンターテインメント性の高い番組です。今後は、地上波テレビ的なつくりと情報収集にかけるコストやノウハウを活かしながら、政治をはじめジャーナリズム的な題材を扱う番組や新しい報道番組なども生まれて来れば面白い展開になるのでは、と思います。
地上波テレビには放送法という縛りがありますが、ネットには裁量の範囲が広い部分があります。日本の場合、今後、政治も含めて、若年層に影響力を持つのは、多くの人たちに浸透している地上波テレビ的な手法を展開し、かつリテラシーを持ったネットメディアなのかもしれません。