2017年10月に行われた衆議院選挙をはさんで、政治情勢(特に野党の情勢)は目まぐるしく変化したと言えるだろう。そんな中、注目をあびたのが「リベラル保守」という言葉だ。立憲民主党を立ち上げた枝野代表は「リベラルであり、保守」という立場を打ち出している。また、希望の党の綱領にも「寛容な改革保守政党を目指す」と書かれている。さて、「リベラル」、「保守」とはどういう考え方なのだろう? このような野党と安倍政権とのスタンスの違いはどこにあるのだろう? 政治思想が専門である中島岳志氏にご寄稿いただいた。
「リベラル保守」というオルタナティブ
希望の党の代表に玉木雄一郎氏が就任した。玉木代表は、希望の党入りした際に、自らの立場をについて、次のように表明している。
私は従来から、多様性を重視する穏健な「リベラル保守」の結集を主張してきました。新党が掲げる「寛容な保守」は、この私の考えに近いものだと理解しています。(2017年10月3日、本人ブログ)
一方、立憲民主党の党首となった枝野幸男氏も、「私はリベラルであり、保守であります」と述べ、玉木氏同様、「リベラル保守」の立場を表明している。これは近年の日本政治における新しい(そして画期的な)現象と言えるだろう。「リベラル保守」が、現政権に対するオルタナティブ(もう一つの選択肢)として浮上している。
従来、保守とリベラルは対立する概念として捉えられてきたが、そのような見方は一面的なものに過ぎない。そもそも近代の保守思想は近代主義的な理性万能主義に対して、懐疑的な人間観を共有するところからスタートした。どんなに頭のいい人でも世界を完全に把握することはできず、過ちや誤認を犯す。どんなにいい人でも、エゴイズムや嫉妬から完全に自由になることはできない。人間は知的にも倫理的にも不完全な存在であり、これは過去・現在・未来にわたって一貫している。だとすれば、不完全な人間によって構成される社会は、不完全のまま推移せざるを得ない。この不完全な社会を安定的に維持し、秩序を保持していくには、個人の理性を超えたものに依拠する必要がある。それは多くの庶民によって蓄積されてきた良識や経験値であり、歴史の風雪に耐えてきた伝統である。この集合的な英知に依拠しながら漸進的(グラジュアル)に社会を変えていくあり方が「保守」である。
「リベラル」はヨーロッパにおいて宗教対立を乗り越えようとする営為の中から生まれた概念である。17世紀の前半、ヨーロッパは30年戦争という泥沼の宗教戦争(カソリックvsプロテスタント)を経験した。この戦争が終結した時、価値観の問題で争うことを避けるため、「寛容」としてのリベラルが提起された。自分とは相容れない価値観であっても、まずは相手の立場を認め、寛容になること。個人の価値観については、権力から介入されず、自由が保障されること。この原則がリベラルの原点であり、重要なポイントである。
保守は、このリベラルの原則と協調しながら発展してきた。懐疑的な人間観に依拠する保守は、自分の正しさを疑う。どんな人間も「絶対的な正解」を所有することなどできず、時に過ちを犯す。そのため、いかに多数派として決定権を握っていたとしても、立場の異なる他者の意見に耳を傾け、総合的な判断を下そうとする。少数派の意見に理があると判断すれば、その意見を取り入れ、合意形成を図る。保守は、自らの絶対的正しさを根源的に懐疑するが故に、リベラルへと接近するのだ。
立憲民主党と希望の党の代表が、共に「リベラル保守」という理念を掲げていることは、新しい政治の構図が生まれる重要なシグナルである。いま、日本型ネオコン(新保守主義)の安倍晋三政権に対して「リベラル保守」というオルタナティブが具体化されようとしている。
この動きは、やがて立憲民主党を中心とした選挙協力に発展し、連立政権を目指していく際の中核理念となるだろう。この流れを確固たるものにしていくことができるかどうかに、次の日本の可能性が懸かっている。重要な局面と言えるだろう。
政治のマトリクス
ここで政治ヴィジョンを整理しておきたい。
政治(特に内政)は、大きく分けて二つの仕事を担っている。一つは「お金」をめぐる仕事。もう一つは「価値」をめぐる仕事である。
「お金」をめぐる仕事のあり方については、「リスクの個人化」と「リスクの社会化」という二つに方向性が分かれる。人間は、生きている限り様々なリスクにさらされ続けている。明日、突然難病を発症するかもしれず、またいつ交通事故に遭ってこれまで通りの生活ができなくなるかもしれない。
このようなリスクに対して、「リスクの個人化」路線は、「自己責任」を突きつける。政府は税金をあまり多く取らない代わりに、福祉などのサービスを手厚くはしない。あくまでもリスクに対しては個人で対応することを要求する。いわゆる「小さな政府」というあり方である。
一方、「リスクの社会化」路線は、「セーフティネットの強化」を打ち出す。個人に降りかかるリスクに対して、できるだけ社会全体で対応することを目指し、福祉などのサービスを充実させる。民間のNPO活動や寄付なども活発化させ、人々が窮地に陥らないようにケアし合う。