国会審議の動画を街頭上映し、論点ずらしやはぐらかしといった不誠実な答弁を「可視化」する「国会パブリックビューイング(以下、国会PV)」。この取り組みを有志らと始めたのが、法政大学キャリアデザイン学部教授の上西充子さんだ。
都内某駅前、夕刻。路上にスピーカーが配置され、スクリーンに映像が映し出されると、家路を急ぐ人波の中、足を止めて一瞬見る人、立ち止まって見続ける人が1人、2人と増え、ときには数十人の輪ができる。夏の暑さにも負けず、冬の寒さにもめげず。新橋、有楽町、新宿、渋谷、恵比寿など都内各地に神出鬼没。都心でまいたその種が全国に広がりつつある「国会PV」の取り組みについてうかがった。
すべてはSNSのつぶやきから始まった
上西さんが国会審議の異常さに危機感を抱いたのは、2018年の「働き方改革関連法案」の審議中。この法案には、「裁量労働制の対象業務の拡大」と、労働基準法の労働時間規制を外す「高度プロフェッショナル(以下、高プロ)制度」の条項が含まれていた。18年2月初旬、上西さんは「裁量労働制」に関する安倍晋三首相の答弁の根拠データに問題があることを指摘する。それが野党の追及材料になり、「裁量労働制の対象業務の拡大」を、法案提出前に全面削除に追い込むことができた。しかし、「労働者が自由に自律的に働けること」ではなく、「使用者を縛る規制がなくなること」を意味する「高プロ制度」を含んだまま、6月29日に「働き方改革関連法」は成立した。
──「国会PV」は、「働き方改革法案」審議が佳境に入った6月に立ち上がっていますね。きっかけは何だったのでしょう。
「働き方改革関連法案」については通常国会で議論が始まった当初から、私はその内容を批判する記事をまとめ、ネット上で発信していました。でも、法案は4月27日に衆議院で審議入りし、5月末に衆議院本会議で可決、6月頭には参議院で審議入りします。この頃、参議院厚生労働委員会での政府答弁は、平然と嘘をつき、もう体裁を取り繕ってすらいませんでした。
そんな状況に危機感を抱き、「ともかく、明日の午後の国会審議、特に野党の国会審議を見てください。国会審議そのものが、液状化のような状況に陥っていることを知っていただきたい」とSNSで発信すると、ある方から「国会の中と外の声が、まだまだ小さいのだろうか」 というつぶやきが届きました。それを見てフッと思いつき、「街頭上映会とか、できないですかね。働き方改革をめぐる国会審議のこの状況を見てください、と。問題場面をハイライトで編集して」と、誰へ向けてというわけでもなく投稿したんです。それが6月11日でした。
私のつぶやきに反応してくれる人や、技術面や運営面で助けてくれる人が次々と現れ、15日には新橋駅前SL広場で初「国会PV」が実現していました。
実は、15日の街頭上映を実現させてくれたメンバーは、ほとんどがそれまで面識のなかった方々で、当日まで対面での打ち合わせもありませんでした。すべてSNS上でのやり取りで進み、現地で「初めまして」という状況だったんです。「こういうことがやりたかった」という人たちと、ベクトルが合ったんですね。ここから、独自の団体としての「国会PV」が生まれることになります。
このときは、国会審議の場面を切り取った映像を流しながら、私がスクリーンの隣に立って解説を付けました。でも、いつも私が現場に立つわけにはいかないので、解説部分を入れ込んだ映像を制作しようということになったのです。クラウドファンディングで資金を募り、7月9日に完成したのが「第1話 働き方改革―高プロ危険編―」です。
──改めて国会審議の映像を見て、さらに上西さんの解説を聞くと、国会の異常さがよく伝わります。皆さんの活動の様子を教えてください。
「ちゃんと答えていない」と憤りを感じる悪質な国会答弁は、山のようにあります。インターネット国会審議中継の中から、私が選んだ場面をメンバーが切り出し、私の解説を撮影した動画と合体させ、1本の映像にまとめます。最初は映像のみを流していましたが、質疑応答の内容をより理解していただけるように途中から字幕も付けるようにしました。完成版はネット上で無料公開しているので、どなたでも利用可能です。データを収めたUSBやDVDも実費でお分けしています。
現在、「国会PV」のメンバーは13名。最低3人は集まれる日を選んで実施しています。基本的な機材は、スクリーン、スピーカー、プロジェクター、充電器、看板など。都内の倉庫に保管しているので、その日のメンバーが集合し、機材を運び出し、タクシーに積み込んで上映場所へ向かいます。10分ほどで設置できますので、上映が始まったら、少し離れて機材を見守ったり、「何をやっているんですか?」と声を掛けてくれる人に、取り組みについて説明したりすることもあります。
充電器はメンバーが交替で自宅へ持ち帰って充電し、次の上映場所へ運びます。あるとき、私が充電したつもりが放電させてしまっていて、現場でバッテリー切れという残念なことが起こってしまいました。そのトラブルをSNSにその場で書き込んだら、わざわざ充電済みのモバイルプロジェクターを届けてくれる人が現れ、映像が復活した瞬間には拍手が起こりました。励ましのお手紙と共に柿の種を差し入れてくれる人もいます。近くの、遠くの、たくさんの人の支えを感じています。